2010/03/08

新・歩禅記(8)

   ~満を持して・・・~
 ここ数日間はお天道様のご尊顔を拝することも無く候。
 やっと陽ざしが差し込んで来たので、どちらからともなく「歩こう」バージョンになり妻と一緒に8時半に家を出る。先に出た妻が玄関先で「風が冷たい!」と呟く。鍵を閉めて通路に出ると本当に風が冷たく感じる。身体が冷えたら困るな、とも考えたが何日も歩数計の着装もないので思い切って歩き出した。  この時期になると写真(上)の光景を満喫する。この樹木は「ミモザ」でしょうか?確かではないがそんな情報を以前に得たことがあり記憶として残っている。見事な色合いである。去年は観賞したままでカメラに収めることもなく季節が去って行ったので「今年こそ」の思いでカメラ持参の歩禅であった。当然(笑)ながら、この観賞の樹木は他人のお庭にあるモノ。
我が家の庭?これは日本語らしく表現すれば「猫の額」の程度で樹木も殆ど無い。ささやかな楽しみは木瓜の花の蕾が目に付くようになっていること。後日、ご紹介しましょう(と言う程の代物ではないが)。大好きな花なので狭い庭に植えたのである。この季節の楽しみでもある。 
 季節の香りと言えば、先日高知の先生から「土佐文旦」(左・写真)が届いた。書斎の隣の部屋に置いてあるが柑橘独特の香りが良い。孫にも送ってあげようと思いつつも今日になってしまっている。朝食代わりに今朝、食したら美味である。南国土佐は「龍馬ブーム」だ。龍馬の時代にも文旦はあったのだろうか、と思いを馳せている。
 久しぶりに歩いて帰宅すると、やっぱり快適である。風がもう少し冷たくなければもう少し歩けたのだが、仕方ない。次回を期待しよう。



2010/03/07

『心ぽかぽか』ニュース(5)

   ~無理しないでノンビリ楽しく・・~
 わかってはいてもこの哲学を実行するのは難しい。
 しかし、無理しないでノンビリできる人には他の分野の哲学実践が難しいのかも知れない。現職時代にこの哲学実践には何度か挑戦したことがある。周囲の知人や友人には小生の性分はどのように映っていたかは定かではないが、自問自答しながら窮してしまったことが何百回とあるのだ。しかし、「そんな風には見えない」と片付けられたことが多かった。どうしてなんだろうか?
 「ま、いいか!」「何とかなるよ!」と自らに言い聞かせてその気になってしまうのは確かに小生の得意芸であることは事実。一晩眠ったら(=眠れない夜は65年間の人生で記憶無し)、昨日の出来事への不安と心配は確実にどっかへ消えている。人呼んで「能天気な人」となる顛末。しかし、誤解無きように添えておこう。小生だって、人並みに悩みもし苦しみもする。自暴自棄にもなる。ホンと!!
 今日の『ぽかぽかニュース』は、障害のある方のお話し。
 外見や造作は人並み以下の小生(笑)ではあるが、人生そのものではこの記事の主人公とは月とスッポンの違いがある。ご苦労は推察は出来るが深意への言及は出来ない。また、薄っぺらい同情などご迷惑なことだろう。しかし、身体にハンディをお持ちの方々が懸命に自らを鼓舞なさっている現状を知るにつけ、観るにつけ、健常である我が身の甘え(甘さ)を痛感せざるを得ない。反省!
 つい2週間も前のこと。他県で活躍していた校長仲間(正確には「後輩」)が、突然の衝撃メールを送信してきた。我が目を疑いつつメールの内容を追った。いつも意欲的な奮闘ぶりをメールで受信していた後輩なので、今までに見たこともない使用言語が羅列されているメールに愕然としてしまった。どうしたの?この急変ぶりはどうして?今まで、ついぞ聴くこともなかった表現に狼狽が先行した。
 その後、毎日のように受信する文面から、校長職としての苦悩が伝わって来る。経験者として十分に理解できる世界での出来事である。専門医へ受診し、指導助言を受けているとのこと。職場から気持ちの解放が一番の良薬だと忠告を受けていると記してある。その通りにしたいのだろうが出来ないので苦しいのかも知れない。多分そのジレンマで自らとの葛藤が続いているのだろう。
 能天気な性格には最適なアドバイスが出来ない。苛立つだけの小生。せめて、「無理しないでノンビリ楽しく生活をして欲しい」と願うばかりである。
 この記事の『心ぽかぽか』温度を届けてあげたいモノである。

2010/03/06

やった~、完了!!

  ~無謀な挑戦をする老人?~
 昨日は雑務にてパソコンが占拠されてしまいました。
 突然の「思い込み」による、謂わば不法占拠となりました。早速、「ご病気でも・・」との携帯電話の着信メールがあり、ハッと我に返りました。 What happen? 実は、憂鬱な確定申告について先日ブログに書き込みましたよね。その終わりの部分で「この作業って死ぬまで続くんだよ・・・」ってな意味合いを文章化してブログの書き込みを終えた瞬間!!この爺さん、何を思いついたと想像しますか?
 e-Tax なる文字が「確定申告書」送付の封筒から目に飛び込んできたんですよ!
 ここ数回、「性分」という表現をしていましたが、この「生来の興味関心度」の高い性分が頭をもたげてきてしまった、と言う訳です。目を覚ますと、もうその実現に老体が勝手に動き出したんです。8時半にパソコンの「平成21年度分 所得税の確定申告書作成コーナー」をホームページで調べました。前夜はそのお陰で珍しく夜10時までパソコンと向かい合ってしまいました。「電子申告を行う際の確認事項(準備編)」を熟読してしまいました(笑)。その後遺症の第一弾が「電子証明書」を取得することだったのです。8時半になるのを確認して自転車を飛ばして茅ヶ崎市役所まで行きました。市役所は空いていましたので、意外と短い待ち時間で取得できました(有料)。次は家電量販店で「ICカードリライタ」(価格は色々)で購入して帰宅したのです。
 老妻も驚くほどの集中心。夕刻には、ちがさき『響の会』役員会が予定にありましたので、お迎えの車が到着する寸前までパソコンと格闘(笑)しました。
 出来ました!!
 昨日の午後からの集中工事(笑)も、夜の帰宅後はアルコール注入の影響で「一時停止」でしたので今朝も早くから、継続して画面と睨めっこでした。全ての記入が完了して、「保存してください」のコメントを画面で見ながらホッと一段落しました。
 電子申告の最後の詰めは、市役所に勤務している税務担当者に最終確認をお願いすべくプリントアウトして届けて、検閲をお願いすることにしました。その時点で、改めて電子申告をする段取りになりました。出来ちゃいましたよ!
 外は雨。鬱陶しい朝の風景ですが、「心は快晴」の爺さんです。

2010/03/04

いや~、今年もまた・・・!

  ~「事務処理能力の無さ」には、・・~
 現役時代は「年末調整」が来る度に、「生命保険の控除資料は?」に始まりましたなぁ~。悠長に思い出している余裕などないのがこの時期であります。確定申告用封筒が届いた時点では、「今年こそ早めに取り掛からなくっちゃ!」と殊勝な面持ちでいるのですが、毎年のように今頃から本格的に「焦る」のであります。これも、お得意の「性格・仕分け」で分類すると「無精な性分」となるのでありましょう。
 昨日はほぼ終日。今日も午前中の鍼診療を終えて帰宅すると目一杯に「この作業」に掛かりっきり。峠は越えたかな?この能天気な性格は良いこと?それとも悪いことかな?
 この時期のこの事務処理は「死ぬまで}続くんだってさ。年金生活者は自らの手で作成した資料で申告しなければならないって言うんだから「避けて通れません」ってこと!!さあ、後一頑張りしますか~。

2010/03/03

今日は「桃の節句」

  ~おじいちゃん、「節句」ってなぁに?~
 小生には5人の孫がいます。その内女の子は一人だけなんですよ。老妻は「一人娘」で育ったので父親である義父は結婚して息子(婿)となった小生を受け入れた、という証に、床の間に立派な「兜」を飾っていただいたんです。生家では三男坊で育った小生には、目映いばかりの置物に見えましたね。何よりも「大切にされている」という意識が先行して感激した瞬間が今でも蘇って来ますね。つまり、我々夫婦に「男児誕生」は、世継ぎの確定を意味したのだろうと「頼りない」婿養子としてはふり返っても気恥ずかしいくらいだったんですよ。
 そんな義父母にも二人の孫娘と一人の孫息子が誕生しました。
 我が家に長男が誕生したニュースを聞いた義父母は二人で上京して来たほどでした。92歳で大往生して今は天国住まいの義父母ですが、今日は曾孫娘の「桃の節句」を二人で祝ってくれていることでしょう。孫娘のために購入した雛壇飾りは、九州の実家の物置に眠ったままです。写真は千葉県に住む長女宅に飾ってあるもので、この祖父ちゃんが買ってあげたモノです。このような団地サイズ(=小生の造語)ではない、ホンモノの雛壇も「陽の目を見ない」ではいけませんな~。来年の「桃の節句」にはお目見えできるよう運んでくることにしましょう。
 小生も同居していれば孫達に訊かれるでしょうね。 「おじいちゃん、節句って何?」と。
 若輩でも呼び名が「お祖父ちゃん」ともなると、古い暦に繋がるような「お話し」をしてあげないといけないんでしょうね。だから、今朝は調べてみましたよ、「節句」という代物を!!5つの節句があることを確認しながら、その起源を遡りました。そして「大和文化の匂い」を嗅ぎつけることができましたよ。
 今日はその中の一つ「桃の節句」か!!端午の節句重陽の節句と五分の三しか知らずに「お祖父ちゃん」になっている貧相な老人であることを認知する朝になりました。七草の節句・七夕の節句も並列して存在していたんですよ。恥ずかしながら「気付きの桃の節句」の朝です。
 文化の伝承?偉そうに宣う高齢者の一人として意識の高揚を誓うばかりです。皆さんはいかがですか?
 追記:太字の赤文字。知ったらすぐ「知ったかぶり」をしたがる性分の筆者。笑いながら一瞥してくださいね。幾つになっても性格っていう奴は治らんモンですなぁ~(笑)

2010/03/02

今日のヨコハマは超・寒!!

   ~「人材育成」を考える~
 今日は午後2時の約束で、福岡から横浜まで小生に用務の依頼で来られる方と会うことになっていた。西口のベイシェラトンホテルのロビーが指定場所であったので出向いた。
 福岡との温度差が10度ある、との開口一番にビジネス(実業家)の移動時間と距離の規模の大きさに先ず圧倒されてしまった。「教員採用試験情報」というパンフをいただいて、世の中の趨勢を実感した。「世の中の要請があれば企業は成立する」という理念からしても、「教育の新しい未来を提案する」というスローガンを掲げて企業を起ち上げられた熱意にに惹かれつつ打ち合わせをすることになった。
 人材育成はいつ頃から?教員になる人材を育成するにはその着手はいつ頃が最適なんだろうか?帰路の湘南電車は30分間の乗車時間。この命題を考えている内に「次は ち・が・さ・き・・・・・」の車内アナウンスで我に返り、結論らしきモノも出せず帰宅した。
 しかし、「やってみたい業務内容」である。
 教師を志す「これからの教育に携わる」次世代人に、経験値を伝えてみたい。どうやら、新年度から横浜を拠点にして展開できそうな予感がしてきた。読者の皆さんからも大きなヒントが戴けると有難い。乞・ご協力!
 帰宅して写真版の案内が届いていることにタイミングの良さを感じた。事務局を担当する教頭先生のコメントが、な、な、なんと・・・「今回の研修会の主題は、人材育成と考えています。角田会長の指導助言をよろしくお願いします」・・・と添えているではないか!以心伝心?
 そんな熱い思いも、今日の寒さに縮んでしまいそう(笑)。皆さんもお風邪など引かれませんよう!

あっと言う間の「弥生」到来


2月27日~3月1日 長女宅

   ~「禊ぎを受ける」って?~

 言葉に表現すると心地よいモノとそうでないモノとがあるようだ。
 どんな気分でブログにその言葉を使用したのか、当のご本人が曖昧であるから始末悪い(笑)。事の発端をふり返ってみるに、今回の出講は今までの何百回かの講演とは事前体制から少々趣が違っていたようである。更に内面を細かに追求すると、勝手な内面活動の流れ方が異なっていたのである。硬い表現になったので読者の皆さんによっては全く理解の範疇にないかも知れないので、講演前日からの行動を再現することによって証明いたしましょう。(そんな大袈裟なことでは無い!!)

 お請けした講演日時はは2月28日(日) 9:30~10:50。

 茅ヶ崎の自宅を出発して当地に向かったのは前日(27日)。つまり前日入りの前泊日程である。ここまでは従来の講演対応行動と同じリズムである。しかし、講演前泊の場所が通常とは異なる。通常の前泊は講演会場の至近距離にあるホテルであるが、今回は講演会場の隣市に住む長女の自宅である。この館には「目に入れても痛くない」(?)孫達が棲息している。しかも、何度訪れても大興奮・大歓迎の手荒い歓待が待っている。今回も思いも寄らない行動が待っていた。
 右の写真はその物的証拠。「おばあちゃん たんじょうび おめでとう」というチョコレート板に書かれた文字が目に飛び込んだ瞬間から、「想定内」の動きに完璧なまでに引きづり込まれてしまった。1週間遅れではあるが、確かに老妻の××歳の誕生日は存在した。誕生日の当日は、偶然にも長男宅に行っていた老妻は、そこの孫軍団によって手作りケーキで祝って貰ったようだ。そして、この夜。思いがけないという表情の老妻の感極まった表情に、凡庸な老夫は「講演前夜」であることをすっかり忘れてしまった。正真正銘のプライベートな時間に浸ってしまったのである。老妻が感涙に噎ぶほどの感動への具体的な仕掛けはここでは省略することにしても、こんな講演前夜を過ごしたことは、ついぞ無かった。
 ホテルの自室での「講演前夜」は、予め主催者に送信したレジュメを原案にして作成している「手持ち資料」を持参のパソコンで確認し、字句の修正から項目別の「所要時間」まで丁寧に思案する時間を確保するのが常套手段である。そして、確認(納得の無いままに寝る事も多いが)して就寝である。
 いかが?この温度差の大きいこと。
 そして、講演会当日。通常は主催者から差し向けられた「公用車」がホテル玄関に付けられ会場へと誘導される。今回は長女婿が運転手で向かう先は、長女婿の母校である。通い慣れた懐かしい通学路を走る。通常は主催者の方とは初対面で車中で挨拶代わりに簡単な打ち合わせすら済ませることもある。緊張感のなかで車は移動する。今回は、昨夜の老妻(姑)の興奮した光景が主な話題になる。講演の「こ」の文字すら無い。当然至極のように婿と団欒しながらの会場到着。婿の幼友達も主催者の役員として出迎えを受ける。バッグに偲ばせたレジュメや手持ち資料に一瞥する間もなく会場の講師席に誘導される。こんなことは初めてである。あったとすれば、小生自らの「母校での講演」を請けた時ぐらいだろう。
 更に大事件(笑)は、会場の最前列に孫二人と婿が陣取っていることであった。会場には老妻も長女も駆けつけていることは承知していたが、流石にこの二人の姿は最後尾付近にあるらしく演壇からもかなり遠い。掲載した上の写真2枚は最前列に座った孫娘が撮った写真である。
 講演で禊ぎを受ける?
 当方流の考えは、公私のけじめが見えないままの講演をすることへの内的心情を問題とする自責の念なのである。そんな状況下で「公的な時空」を過ごしてしまうのは非礼極まることではないのか、との葛藤だったのである。確かに「禊ぎを受けた」実感が脳裏を刺激し、反省だらけの講演であったことは否めない。参加者の中には終始「私語を楽しむ」光景があったことが今も脳裏から離れることはない。公私混在した自己紹介でアットホーム的な雰囲気でスタートしてしまった「講師の甘え」を反省する。これも確かなる「禊ぎを受けた」証だと自認している朝である。
 ただ、他の会場では得られなかった「歓びと感謝」の思いが大きかったことは文末に添えておきたい。娘一家が、このご当地で可愛がっていただいている感謝の気持ちだけは多くの聴講者の、一人でも多くの方にお伝えしておきたい。
 今後ともよろしくご指導いただけるようお願いいたします。有難うございました。最後になってしまいましたが、主催者関係ご一同様に心より御礼申し上げます。
 

 





自己紹介

自分の写真
1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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