2012/09/08

早朝歩禅の記(15)

 
歩禅記録 05:00~05:50【6000歩】

~たかが30分遅れの出発時刻・・・~

 独り歩禅は今日も続く。

 足元が明るくなっての出発であるが、夜気の残る朝の温度は流石にヒンヤリ感があり気持ちが良い。8月までの4時半出発時刻を30分ずらしただけなのであるが歩禅環境はがらりと変わった。帰宅するころに昇っていた太陽が沼の周回コースの途中で姿を見せる。

 自然環境は人間ではどうにもならないから、人間が添うようにして合わせる以外変化は期待できない。出発時刻を30分遅らせたのがその一例である。「たかが30分」の時差で、人的環境がこんなにも変わるモノか。

 帰宅して妻に報告がてらに変化を話していたら、笑いながら「今日は土曜日でしょう?」と、いつものようにさらりと返答した。夫は口には出さなかったが「休日と関係あるような年齢層じゃなかったぞ」と老脳に仕舞い込んだ。それにしても、今朝は複数連れ立っての散歩人の多かったこと。仕舞い込んだ内容がわかっていたような笑い話の続きがある。「平均年齢って高いでしょうね」と問いかけられ、すれ違った多くの散歩人たちの年齢を懸命に思い出そうと苦労してしまった(笑)。

 正確な年齢など知る由もないが、確かに「高齢者」軍団であることは事実である。「歩くこと」の重要性が必要性に替わった年代なのだろう。我が身を通しての結論である(笑)。
 
 自宅到着間近の畑に「里芋の葉」に溜まった露が何とも爽やかでした!!
 
お断り:写真添付技術が未熟のために、日の出時刻に合わせて撮ってある写真がその順番に登載が出来ません(イライラ)。読者の皆さんのご推測で並べ替えてくださいませ(笑)。

2012/09/07

今、我が家の周囲では

 ~炎天下の草刈り~

 このブログを書いている机から2メートルも離れていない地点で凄い音が発せられている。草刈り機の音である。外は痛いほどの炎天下で、休憩(給水)を取りながらではあろうが、農家の人たちが懸命に働いておられる。その光景を見ているだけで暑さに負けそうである。刈り終えた地面からは草いきれの独特なにおいが部屋まで届いてくる。

 自宅の東・北・南の三方が全て栗林である。

 気が付くと、もうすっかり大きく実った栗の実が枝をたわわにして実っている。強い風が吹き付けると落ちてしまうようだ。風が強かった後にはその被害が顕著である。農家の人たちが長靴を履いて点検に回り、踏みつけながら成熟度を確かめているようだ。草が伸びすぎると落ちた栗の実が発見し辛くなるから、この時期の草刈りは回避できないのかもしれない。

 栗農家が何軒も周囲にあるので、隣接地だけの音だけでなくあちこちから草刈り機の音が耳に飛び込んでくる。朝の早い時間からほぼ午前中をその作業に向けておられるのか、午後は全く音は聞こえない。

 転居して直ぐに学んだ言葉があった。

 リンゴ狩り・ブドウ狩り・ナシ狩り・ミカン狩り等々、果物は殆どが「***狩り」と表現されるのに「クリ狩り」は無い。『栗拾い』と言うことに気付いたのである。それは、実際に栗畑に招かれて体験したことから納得した表現であった。農家の方の出で立ちが、長靴と長い箸のような二本の棒であった。(熟して)落ちている栗の毬を長靴で踏みつけて割って中の実を取り出す行為だった。びっくり!知らないとはこんな事か!!還暦もとっくに過ぎた老人が初体験で言葉の成り立ちまで学んだのである。恥ずかしい等と考えなかったところは、やっぱり「変な老人」なんだろうなぁ~(笑)。

 草刈りの終わった隣地の栗畑には既に落ちた栗の実が露出しているが、農家の人たちは「拾う」行為はしない。つまり、収穫前に落ちた未完成品の証しなんだろう。後数週間もすると収穫に適した、毬付き栗の落下が始まるのだろう。急ぎ足での草刈りにそんな「収穫の秋」の訪れを予感させられる。
 
早朝歩禅記録 04:55~5:45【5800歩】
昨夕の短時間集中豪雨の影響?今朝は沼の周囲は濃霧状態。日の出の時刻でも東の空にはその兆候は無し。空を鴨の群れが飛び回っていた。
 

2012/09/06

昨日のできごと

 
早朝歩禅の記録 05:05~05:50【5800歩】
今日の天気予報は午後から雨。そんな予報を裏付けるような朝の湖面です。直ぐにでも降り出しそうな蒸し暑い朝の散歩でした。


~祖父ちゃんでも役に立ちました(笑)~

 嫁が勤務先から電話をくれました。

 何と!祖母ちゃんの携帯に、ではなく祖父ちゃんの携帯に掛かってきたのです。発信先がわかるのでいかなる能天気な爺でも「何事か!?」と、せっかちな老脳が気を利かせて臨戦態勢モードにしてしまいました(笑)。老妻が「不携帯」(=ほぼ常時)にして、「孫たちのおやつ」を購入するために外出中だったので通じなかったのです。最初の連絡は祖母ちゃんに届いていた事が後で判明しました。

 嫁からの一報によると、同じ小学校に通う二人の孫たちが「保健室」の先生にご厄介になっているとのことでした。長男孫は学校から整形外科医に直行するとのことでしたが、次男孫は保健室に待機しているので迎えが必要だとの通報でした。そこで、「車の運転ができる」祖父ちゃんの出番となりました。お祖父ちゃんも役に立つ瞬間が訪れました。

 塾への送迎ではありませんので、上等の普段着に変えて(笑)、小学校に向かいました。長男孫が病院へ向かうところでしたが、養護の先生とは会えずご挨拶も出来ませんでした。「保健室はどこ?」と、びっこを引きながら移動する長男孫に聞きながらすれ違いました。

 正面玄関には教頭先生が待ち受けでした。保健室を案内され次男孫を引き取り帰って来ました。「有難うございました」を言えない孫の素顔を見ることが出来ました。挨拶は強制することで覚えるモノです。「有難うございました」を強制するお祖父ちゃんの姿を「軍隊式」の指導法として誤解される年代の教頭先生だったら、「とんでもないお祖父ちゃん」として映ったでしょうね(笑)。

 学校から病院に連れて行って診察を受けさせて児童の自宅まで送り届ける。

 これは典型的な日本の学校教育文化です(=深く研究してはいませんが)。泥臭い現場での教員生活しか知らない、この元・教員祖父ちゃんにしてみると、是非は別にしても、懸命に務める後輩諸兄の動きに、祖父として改めて感謝したのです。

 現代の親世代が、「学校で起きた怪我だから」として、病院への付き添い等をしても当然だと思い込んでいるとしたら「とんでもない!」と反論したくもなります。祖父として、接して頂いた先生に「有難うございました」を強制して言わせることは常識を教える絶好の機会だと捉えています。

常識は「範を示して」有言で教えることから始まることを次世代に伝えておきたい。こんなことぐらいでしかお役に立てないお祖父ちゃんの一日の一コマでありました。

2012/09/05

早朝歩禅の記(14)

 
歩禅記録 05:00~05:55【6300歩】

~日の出の時刻も、「秋」を告げている~

 5時出発の独り歩禅は、すれ違う散歩人の顔ぶれも違う。出発時刻の東の空はまだほの暗かった。

「お早うございます」と交わすだけの散歩人は初対面に近い部類である。時間がズレたので多くの散歩人とは朝の挨拶を交わしただけですれ違った。

 犬を連れて散歩される老婦人から声を掛けられた。丁度太陽が顔を出した時間だった。「日の出も遅くなりましたね」と。「そうですね、夕暮れもあっという間に暗くなりますね」と、こちらからも声を掛けながらすれ違った。

 確かに季節は秋に突入している。

 「秋の日のつるべ落とし」の言葉を反芻しながら、昨日と一昨日の二日間のゲリラ的な強雨を思い出した。水たまりに太陽が眩しく反映していたからである。

 『逆さ富士』。

 英語の教科書で知ったという浅学ぶりを思い出して苦笑した。そして「逆さ筑波山」を撮った。いかがでしょうか??「今日もまだ熱くなりそうですなぁ~」と老紳士に声を掛けられ、「そうですね。いつまで続くんでしょうかね」と相槌を打ちながら独り歩禅の記儘で、いつものコースを変えて歩いてみた。

 ちょっと視点が変わるだけでこんなにも「観点」が変わるモンだ!

 当たり前のような驚きを受け止めつつ、景色の新鮮さを満喫しながら55分間の歩禅を終えて帰宅した。

2012/09/03

早朝歩禅の記(13)


独り歩禅記録 05:00~05:45【5800歩】
 
 
~『旬』を考えながらの「独り歩き」~

 妻の体調が悪く、今朝は「独り歩禅」となった。

 9月になったので出発時刻を30分遅らせることにした。5時ちょうどに玄関を開けると、もう世間は明るかった(笑)。夜明けの時間が遅くなるのを感じていたので宇宙界に合わせたつもりだったが、微妙な調整は上手くいく訳がない。明るくなり始める頃の(夏季の)帰宅時刻が逆転したのと、『独り』での出足がそんな感情を生んだのかも知れない。

 いつもより散歩人が多い。

 常連の散歩人とは2人に会っただけである。「奥さんは、どうしましたか?」と心配してもらって恐縮しつつお礼の挨拶を交わして歩いた。話し相手のいない独り歩禅は寂しいと言えば寂しいが、気儘と言えば気儘である。進路変更も出来て実に気楽なモノでもある。

 明るくなっている東の空を認知しながら「秋の空」になっているのかを考えた。「天高く」「馬肥ゆる」と詠われる秋の空を空想した。秋を表現する『季語』に思いを巡らせながら路傍の草花にも思いを寄せると「コスモスの花」が目に入った。しかし、これは猛暑日でも咲いていたなぁ~、と季節感が失せてしまった。しかし、「コスモス(=秋櫻)」は、秋の季語に確かに存在している。秋の季語は、立秋(8月初旬)から立冬(11月初旬)までと規定しているようである。旧暦との関係もあったような「浅い学び」が記憶している(笑)。

 並行して老脳を掠めたのが「旬」という言葉だった。

 自宅に隣接する栗林では、まだ緑色の毬に包った栗の実がどんどん大きくなってきた。秋の「旬」として重宝される果物であることは間違いない。銀杏の樹にも緑色の実が沢山ついていた。「旬」とは最盛期を意味する言葉だそうだ。旬と季語。季節を表現するとは言え、微妙な違いがあるようだ。

 独り歩きの老脳は、気儘に余計なことを自問自答して独りで苦笑する。これは『独り歩禅』の醍醐味でもある。

 ところで、読者諸兄は、次の問いにどのように応えられるのだろうか?

 Q: あなたは自身の「旬」はいつ頃だ(だった)と考えていますか?

 これは、オリンピック競技を観戦しながら自問自答したことである。大試合に出場した「旬の過ぎた選手」と、「旬にはまだ早い選手」では金メダルは獲れない。あの頂点に立った選手は、「その時」と自らの「旬」が合致したからではないだろうか。そんな考えに思い巡らしながら余計なことも考えるのが老脳である。この「旬には早すぎた選手」でも、4年後まで「旬を延長する事」は至難の業である。

オリンピックや世界大会に何連覇もした選手の努力には頭が上がらない! 

2012/09/02

リズムが狂った朝

 ~「早朝の歩禅」が不能に~

 ずっと雨が降らないと干ばつが心配になりますね。

 関東のダムの底が見え始めた写真を新聞で見ながら強い雨足を聞いていました。時計を見たら、まだラジオ体操も済んでいない時間でした。母屋は相変わらず無人の館です。話し声が通らないような強い雨音に、「えっ?」と何度も大声で聞き直す「ミニ老人ホーム」(笑)の早朝でした。孫たちの運動場になっている小さい庭は大きな水たまりになってしまいました。

 こんなモンで水不足は解消しないよなぁ~、と呟くと妻が返答しました。「降れば降ったで不平を言うくせに・・・」と切り出して、「電力不足に水不足が加われば生活のリズムまで狂っちゃいますよね」と。水と電気で生活のリズムが成り立っているのか!ガラス戸越しに降りしきる雨を見ながら妙に納得したのです。リズムが狂った今朝は、その内の一つ(雨=水)に因るモノでした。

 3時半に起床して、メールチェックをして必要な返信を済ませる。「昨日の記憶」という老脳鍛錬のための記録に取り掛かります。前日の行動を時程で記憶を確認(=時として「曖昧模糊」な記憶に愕然とする)しながらキーボードを叩くのです。

4時半に『早朝歩禅』に出発して5時半前には帰宅する(6000~6300歩)。シャワーを浴びて着替えをする。朝食が済むと6時である。パソコンに向かいブログの登載準備をする。6時半から「ラジオ体操」で全身を動かす。7時からブログを整理して登載を完了すれば、爺の一日の替版の業務(笑)は終わったことになるのが生活のリズムです。

 これを知られた読者諸兄の多くは驚かれるでしょうね。

 「几帳面で頑固な性格」と想像される??それは誤解と言うモノ。これは通常の「何もない・なかった」生活の時のリズムでしかない。つまり、例外が結構多いのです。(例外が多ければ例外とは言わないですよね)。深酒をしたり遊び過ぎたり、夜更かしをして帰宅したりする(結構多いんですよ)と、先ず老体が証明します。意識は目覚めているのですが身体が動きません。そんな時は、堂々と(笑)寝坊します。40年も連れ添っている老妻は百も承知です。身勝手な人生でしょ??

 そんな人間が、今朝のように降雨でリズムが崩されると何もかも狂ってしまうから大笑いですよ。間もなく9時になると言うのにブログの登載時間までがズレてしまっていますから・・・・。見えないリズム崩壊の原因は母屋の3人の孫たちの声かも知れません(と、老妻が気づいたようです)。

 早朝歩禅のリズムを支えているのは、地元の散歩人さんと定刻に会って声を交わせることでしょう。有難いことです。リズムが狂った朝はそろそろ復旧工事に入りましょうかね。止んだ雨の後は猛暑日紛いの陽射しが襲って来ていますので・・・・。

2012/09/01

「先ず、実践!」あるのみ

 ~「良い」と思ったらやってみたくなる~

 このように書いて表現すると見栄えが良くなってしまうが、これは小生が日常的に考えている「我が生き方」の一つである。「やれば良かった」「やっていればこんな事にはならなかったのに」等の自虐的な反省をしたくないだけの小さな「生き方」とご理解いただきたい。

 「良い」と思ったら「即・実践」は、ややもすると無謀と理解され思慮深さの欠如を指摘される。「もう少し慎重に・・」と苦言も頂戴した。しかし、慎重になったその時間が小生には「躊躇する」方向性を生んでしまうと言う欠点にも繋がった。こんな反省が、寧ろ多かったと記憶している。

 経験年数を重ね、気が付けば「部下」という輩が周囲には存在する立場に至る。司令塔に立つと、躊躇は付き物である。吟味して協議して「日の目を見る」段階になった試案が「色褪せて」効力も何もなくなってしまった状況も経験した。色褪せたモノには、ケチがつくことはない。良く出来た案であるが「もう少し早ければ・・」という通り一遍の慰めで葬られたことが幾つもあった。

 立派な理論よりも実践が優先されるべき領域が「教育」ではないだろうか。

教育と言う領域での実践は授業である。現役時代に多くの諸先輩や同僚・後輩の授業を参観した(正式には「観察した」である)。自らのキャラもあり、到底真似のできない芸当も垣間見た。「良い」とは思っても努力と言う文字を借りる気にならない「良い」授業は論外だった。そこには未練や執着など全くない。自己嫌悪等には決してならないのが性分である(笑)。「角田先生の授業は絶対真似が出来ない」との逆の立場の評価もあった。褒め言葉だったと考えたことも無い。理由は上述のとおりである。

 平成21年11月10日。愛知県小牧市立大城小学校・同桃陵中学校での「示範授業」。市教委が県教委に提出した研修計画書を参照されたい。あれから3年の歳月が流れようとしている。先月末に小牧市立小牧中学校の校長さんからメールを受信した。それを、8月24に付ブログに『この歳になっても嬉しい話』のタイトルで登載した。

 小生の同日2つの連続した「示範授業」を観察した小牧市の中学校英語科教員が、~「良い」と思ったらやってみたくなる~心境にでも追い込まれたようである。地元の教育大学で学びを深めながら「この時代での英語教育」の在り方に焦点を合わせて研究を深められたようである。あれから3年間の研究成果物が昨日、自宅に届けられた。研究の始発点が小生の示範授業であるとの研究主旨を読みながら、腐りかけた老脳にも感情腺は顕在していた(笑)。熱い血液が流れるのを実感することが出来た。それは、単純に(一直線に)、感激、感動そして感謝という流れで「瞼の機能」を刺激してくれた。久しぶりに涙腺が緩んだ。この間(3年間)、愛知県小牧市でこんな研究が進んでいるとは全く知らなかっただけに嬉しさは100倍にも1000倍にもなっている。この研究の成果を(現時点でも)全国の読者の皆さんにご披露したいのだが、まだご本人や関係者との連絡も取っていないので後日の楽しみとしてご期待頂きたい。

「先生が蒔かれた種が発芽しました」とメールで表現していただいた小牧中学校長(=平成21年度は愛知県教委勤務)の言葉は、小生にとっては退職者人生最高の『金メダル』である。 
 
早朝歩禅の記録 04:30~05:20【6200歩】   
                                                                                  
一と月に二度も観ることのできる「満月」が湖面にこんなにきれいに映っていました。帰路で見つけた入道雲です。早朝5時過ぎの西の空には今日の猛暑を暗示するような風景が見えました。

自己紹介

自分の写真
1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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