2012/09/18

細やかな『宴』

 ~「敬老の日」だったね!~

 昨夕のこと。

間もなく5歳になる孫が、「お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも今夜はご飯を一緒に食べるからね」と案内にやって来た。「はぁ~い!」と大声で返事をしている夫を妻は冷ややかに認めながら「わかっているんでしょ?」と目配せをした。能天気な夫は、「知らん」と嘯いた。

 別に険悪な風景を再描写しているのではない。長閑で平和な家庭の風景であることは説明の余地が無い。週末(15日)の仕事終了の帰路、JR上野駅の混雑を目の当たりに見て思わず、「今日は何かあるの?」と自問した。世の中は3連休の初日だった()。遠い昔の記憶として「連休法案」が国会を通過したことを思い出した。

 9月15日が「敬老の日」だったのはいつまで?今日が「敬老の日」らしい。我が孫たちが少年時代だった頃を思い出した。同居していない九州に住む祖父母に電話をしていた光景である。その子供たちが親になって「敬老の日」を迎えている。

 手作りのケーキと、どっかで購入して来たらしいお菓子が我々夫婦が座る席に置いてあった。長男とビールで乾杯して夕食をいただいた。食べ終わると孫たちは、ケーキを切って貰って美味しそうに食べた。記憶に残っている「敬老の日」のエピソードを長男が息子たちに話し始めると笑いながら聞いていた。

 ご馳走様!マイ・茶碗やお椀、コップ、お箸を持参して離れに戻る(と言うほどの豪邸ではないが)。幼い子供の成長には目を見張る。著しい程の成長に驚嘆する。そんな内容を老妻に語りかけると、「その分だけ歳とっている訳よね!?私たちは。」と答えたので思わず大声で笑ってしまった。世代交代を実感する「敬老の日」の夜だった。
 

早朝歩禅記録 05:00~05:50【6500歩】
うっかりしました。デジカメを忘れました。こんな時に限って印象的な『自然界』に気づくモノですね。そろそろ彼岸花の時期でしょうかね。

2012/09/17

退職人生最高の『金メダル』第2号

 ~「12年前の出会い」に端を発して~

 旅の疲れが吹っ飛んだ(笑)。

 長いお付き合いの退職校長から新刊書(写真)が送られてきた。推薦図書でも?と中身を開けて表紙の文字にビックリした。著者の名前が送り主である。同封されている書簡(下記参照)を読み終えた瞬間、全身の力がす~っと抜けていくような感じだった。次の瞬間、言うに言えぬ「感激」で胸が苦しくなった。そして、老体の「こころ」が躍動するばかりの「感動」で全身に活力らしい熱さを感じた。
 

拝啓
 ご無沙汰しております。先生には、お忙しくご活躍のこととお慶び申し上げます。先生のご活躍は、それだけ学校が救われていくのですから、何よりうれしい限りです。また、2月には、東京都東大和市立第十小学校の研究会においでいただけるとのこと、職員や市内の先生にとっては、最高の学びの機会です。彼女の学校の課題は、まさしく『授業づくりは学校づくり』です。今、私も国語指導に入っていますが、やっと少しずつ成果が見え始めています。2月、先生が来られるのを楽しみにしております。
 さて、私も立川市の若手教員の育成に関わってきましたが、この仕事も今年度で終わります。そこで、若手教員育成に役立つことができればと思い、授業づくりのノウハウを本にまとめました。
 サブタイトルを見て、おやっと思われたと思います。角田先生からご指導いただいた『授業づくりは学校づくり』が『学級づくり』になっているからです。本書5ページにも書きましたが、これは角田先生からの教えを学級経営にあてはめたものです。角田先生の言葉を勝手に引用、活用して申し訳ありません。門弟が師匠の教えを広めているものと考え、ご容赦ください。おかげで、私の知人・友人などからは、「まさしくその通り。校長にとっては学校づくりだが、教員にとっては学級づくりだな。」と感想をいただいております。 そのような訳で、ご報告までに本をお送りさせてもらいました。どうか、ご覧ください。
 9月半ばとはいえ、残暑は濃厚です。お体、ご留意ください。 

 書簡を読み終えて、贈呈された著書に目を投じた。

 氏も退職して何年になるのだろうか。校長職を延長する東京都教委の政策で2年間は現職を継続した兵である。その後は市教委の嘱託も請けて活躍した実践家でもある。小生の意思を大切にして、立川『響の会』の代表も務めて後進の指導に心血を注いだ人材である。著書の随所に、氏らしく「厳しさに裏打ちされた優しさ」で表現されているのがわかる。

 『恩師』と表現されるのは面映ゆい思いである、

しかし、実直な氏の性格を考えれば喜んで受けるしかないだろうと押し切られそうである。『師』と仰がれることは人生最大の金メダルを掛けて貰ったような気分でもあるが、掛けてもらった金メダルは重過ぎる。

 後輩諸兄の「がんばり」には、もう負けてしまってはいるが(笑)、その闘志を支えてあげられる情熱だけは失せないようにしなければなるまい。9月1日号の当ブログでは3年前の愛知県教委との協働の事後報告を受けて金メダルを掛けられた気分になった。「蒔いた種が芽を出しました」との報告を受けたことがその証である。今後の自らの動きで支援体制を明確にしたいと意欲満々の老輩である。

 自然界の「収穫の秋」に準じて、実りの重さを感じる朝である。
 
早朝歩禅記録 【05:10~06:00 6400歩】


老妻同伴の久しぶりの早朝歩禅は、時間が遅い出発なので散歩人が多かった。今日は3連休の最終日である。そして、今日は「敬老の日」・・・・・。後期高齢者(75歳)まで、あと何年?そんな会話が切実になったような実感が湧いてきています(笑)。

2012/09/16

講演『旅』日記

★同一校2日間の連続訪問 

≪初日≫

訪問先小学校の教頭さんの車で正門をくぐった。

 視野に飛び込んできたのは、未だ咲いている向日葵と大きく伸びた向日葵の群生(種をとるため?)だった。開始時刻の急かされるようにして業務が開始され、正面玄関で見た向日葵も忘れてしまった。60分間の責任時間を果たして、予定されていた「夜の部」(笑)へ移動して第一日目の半日のお勤めは終了した。

 夜の部の面々は、広島市小学校教頭会研修会事務局スタッフであった。講演依頼を請けていながら当日の広島地方の気象状況の関係から講演が2月に延期されたのである。校外行事から戻ったばかりの教頭さんや学校の戸締りをして最後に学校を出なければならない教頭さんならではの現状から全員が集合するには他の懇親会のように定刻開始時刻は無理である。経験者として十分に理解している。教頭職の激務を懐かしく思い出しながら、懇親に未練を持ちつつも満喫してホテルに送って貰った。通常のリズムとは大きく違って、遅い時間の就寝となった。

≪2日目≫

 山陽本線・広島駅8時20分発の電車に乗って行くと、下車駅の五日市駅前には教頭さんの車が待機している。学校の要請は第2校時から第5校時までの「授業観察と個人指導」である。終日をこの形式で要請される学校は珍しい。何年ぶりでの用務であるのかも忘れてしまっていた。性分から「手抜きの出来ない」小生はじっくりと観察をした。観察終了後の第6校時を個人指導に宛てて計画されていたが時間不足であったと反省した。立ったままの状態で授業を黒板の方から観察する。このポーズは「観察稼業」(笑)を引き受けてから崩していない。4つの授業を連続して立ったままの姿勢で観察するのは確かに激務である。

 激務に耐えるからこそ心底から忠告も苦言も淀みなく出せる。これは、相手の立場を理解しているとも言える。つまり、授業者も激務であることを理解しているということである。しかし、授業者の授業者なりの苦労と努力で展開される授業を評価するのは、よほどしっかりした観察力が無ければ収穫は無い。通り一遍の感想や歯の浮くような褒め言葉では「人は変わらない」のである。苦言を呈されても苦言を呈するサイドがそれだけの激務を意識して発すると、人の心に温かい何かが受け止められるモノだと確信している。つまり、苦言を呈する小生がそんな感動の場面を実体験しているのである。

 個々の批評はこの欄では述べないが、4名の「代表選手」は共通の「伸びる土壌」に恵まれていることである。この土壌づくりが学校づくりなのである。小生は専門誌の依頼原稿にも講演の演題にも幾度となく使用した表現がある。

 授業づくりは学校づくり。学校づくりを勘違いしている校長さんに出会うとこの言葉を発したモノだった。朝から夕暮れまで「学校で営まれる」生業は授業しかない。授業を通して児童生徒の満足感を充足させれば、大上段から振りかぶって「学校経営論」を叫ぶ必要などない。授業を通して指導するのが「生徒指導の基本姿勢」なのである。勤務時間を超えて生徒指導会議をしているようでは教師の伸びる土壌など出来る訳がない。

 授業観察後、本校にはその土壌が作れそうな気がした。研究大会等の学校負担は大きい。教員の多くが避けたがる。生徒指導上での苦労の多い学校では「研究どころではない」という大義名分の意見に押し潰されてしまって折角のチャンスを逸してしまう。そういう学校には「教員が伸びる土壌」は作れない。学校づくりは校長が頑張るモノではない。教頭以下(教員ばかりではない)の全職員の息の合った作業が創り出す産物が『がっこう』なのである。

 11月には県レベルでの研究大会・発表にこの学校は挑むようである。受(請)けて得するのは教師である。得した教師が懸命に授業づくりに取り組めが自ずと学校(子ども達)は立派に成長する。授業の出来不出来等問題ではない。ましてや「授業の失敗」は次のステージへの大きな栄養剤である。若い教師集団が伸びる土壌は、「失敗がわかる」機会づくりしかない。指導されたノウハウでの授業には失敗をみせないテクニックもある。失敗を恐れるような教員は、自らの『教員としての旬』すら気づかないまま徒に加齢していくだけである。失敗に気づく授業づくりに挑んで欲しい。
 

 訪問校の玄関先に咲いていた向日葵には植え付けられている理由があった。驚いた。2005年11月22日に広島市で外国籍の男性に殺害された小学1年生の「魂の炎」が消えないように市内の学校で植えてあるとの事だった。枯れかけた向日葵を大事にしてあったのは「種の採取」のためだと知った。この被害者(女児)の保護者は小生と同郷なのである。葬儀会場も実家の直ぐ近くである。他人事と思えず強く印象に残っていた事件なので、向日葵を見詰め直してしまった。

≪3日目≫

 公務は終わったが、準公務(笑)が飛び込んだ。広島には親しい友人??が多くなった。ご夫婦で面会したいとの申し出が前夜にあり、面会時間を設けた。新幹線の時刻を変更して帰路に着いた。広島遠征(笑)を始めてもう12年が流れ、親しくなった校長さん達も退職され始めている。こうして、情報を得て「会いに来て下さる」人もある程に広島通いも定着したようである。至福の3日間に感謝である。

2012/09/12

愛読する月刊誌(3)

 ~この月刊誌も知らない人が多い~

 『致知(=ちち)』との出会いは、思いがけない雑誌記者の取材申し込み。

 教員職も最終ラウンド(=退職までの残任期間から判断して)に入った新設開校の小学校の校長室での取材訪問だった。予約した雑誌記者(女性)が入室して名刺交換をした。雑誌社の名前がわからなかった。何と読むのですか、とも聞けずに取材らしい会話が続いた。記憶を弄っても取材のキッカケは出てこない。

 生い立ちから教員の道への経緯を細かく聞かれたことは記憶している。その後、半分は義理で(笑)購読していたが、途中から(時期は不明)登場人物とその内容に惹かれてのめり込んでしまったという訳である。今では、郵便ポストに配達された雑誌は袋を破りながら離れの部屋まで戻ってくるという状態である。

 知性と教養の無さを指摘される。

 この雑誌は「初発の読書は寝転んで」めくり読みである。毎号のことながら「未知の日本語」と「原義を知らない日本語」との遭遇である。起き上がって座り読みに変わる。真剣に読み込むと、今度は電子辞書を机の脇に置いて調べ読みとなり、終局はパソコンに取り込んだり、メモ書きとしてノートに転写する作業へと進展(?)していく。極論になるが、今では『致知』という月刊誌は「わが人生の師」的役目を果たしていることになっている。

 若い女性記者の、「座右銘をお聞かせいただきたい」との要望に応えたらインタビューは終わった。そんな機会も無く改めて『座右の銘』として何かを挙げることになって若干窮したが、『人は人に因りてのみ人になる』という文言が浮かんできた。今でもその通りだと信じている。座右銘の変動は無いということだ。

 写真版で見開きの本文を登載したので読み取ることは出来ないのが恐縮である。ワード版で文書になっているのがあるので詳細をお読みになりたい読者諸兄がありましたら、お手数ではありますがメールにてご請求いただきたい。

 今朝は雨。早朝歩禅は久しぶりの「降雨のために中止」となりました。明日から「広島遠征」(=広島市の学校へ連続出講)で留守をしますので、当ブログは土曜日まで休刊します。

2012/09/11

確かな『秋』の訪れ

 ~栗の実が「落ちる」~

 老妻が撮ることを要求した。

 彼女の仕事場である炊事場の窓の向こうに見える景色をデジカメに収めて欲しいとの要望であった。「炎天下の草刈り」(=当ブログ9月7日版)の前日の事である。西日に照らされて「パックリと開いた」毬の中から、数個の栗の実が炊事場から見え始めたようだ。老妻は茶褐色に光る栗の実が「落ちる」前に撮って欲しかったようだ。

 老妻は九州山地の麓で生まれているので「栗の実」との馴染はある。当方は有明海に面する浜辺で生まれているので高校卒業するまで「栗拾い」という語義も知らずに育っている。その両者が栗林と言う自然界と隣り合わせの生活を始めてもう1年半近くになる。栗の実の収穫(=秋)時期も二度目を迎える。

 きれいに刈り取られた広い栗林を農家の方が歩き回っておられる。その姿が、今年はどんな状況下にあるかがわかる。収穫が始まったのである。つまり「栗拾い」作業が開始されたのだ。

 早朝歩禅の散歩人との会話は、「今日も暑くなりそうですね」であることは変わっていない。夏の朝の会話と交わす言葉に変化はないが、農業を営む人たちの行為には、確かな『秋』がやって来たようだ。

 大好物の栗が収穫される隣接地である。直営売店にも近々に「新・栗」が売り出されることだろう。もう、あれから1年が過ぎたのか!そんな思いで写真を眺めている朝である。
 
早朝歩禅記録 05:00~05:50【6200歩】
太陽が昇る前の朝空は幻想的です。嬉しい予感ばかりではありませんが、期待感に膨れる思いで「おはようございます」と声を掛けながら歩きます。太陽の光線(直線)が何とも言えない希望を運んでくれます。帰路でこんな花を見かけました。毎度のことながら花の名前は存じ上げません(笑)。

2012/09/10

「番狂わせ」は何故起きる?

早朝歩禅記録 05:00~05:50【6300歩】
夜明けが少しずつ遅くなったようですが、太陽が昇ってくるとあっという間に明るくなり、体感温度までが急上昇してくるような足取りで帰ってきました。
 
 ~起こるべくして起こる~

 スポーツ好きでもルールもわからなければ観戦しても楽しく等ない。

 サッカーというスポーツはルールの詳細はわからないが、ゴールポストにボールが入れば「得点1」ということぐらいはわかるので、観戦には耐えられる。今、流行の『なでしこ』ジャパンもこのスポーツである。活躍ぶりが顕著で日本列島のサッカーファンが増殖している要因もこのチームの活躍に起因している。「なでしこジャパン」と「ヤングなでしこ」(と表現するのか?)の区別もわかるようになった(笑)。ヤングが銅メダルを獲得したこともわかっている。

 しかし、今日のTV観戦(サッカー)は、勝ったチーム名は聞いたこともない。

Jリーグという名称は承知していたので、その組織がJ1とかJ2とで成り立っているぐらいの知識はある。その間で「入れ替え戦」があることも知っていた。ところが、今日の『感動』シーンを見せて貰ったチームに関しては全く無知であった。

 勝者はJFLに所属するチームらしい。敗者はJリーグに所属していて昨年度のこの大会のチャンピオンだということも放送に関わるスタッフの言葉で知った。Jリーグとの関係も不明のこのチームはプロ集団ではないようだ。アマチュアのチームがプロのチームに勝利をすれば『番狂わせ』として報道されるのは当然である。敗戦が決まって呆然と立ち尽くす敗者チームのベンチにいる選手や関係者のアップ画面が番狂わせを実証していたのかも知れない。

 高校生や大学生のチームも、その組織代表として出場している大会ともなれば、プロ集団との技術的レベルから考えたら比較にならないチーム力の差があるゲーム展開が予測できる。個々の選手の技術力ではこのゲームも話題にもならないモノだったようだ。

 負ける訳がない。そんな「心の隙間」では、想定外の攻撃に襲われると人は狼狽する。そうなると『力み』という無駄なエネルギーと無謀なエネルギーの合力が大きな波を創ってしまい先も見えなくなってしまう。我が人生にはこんなことはザラにある。「こんな筈はない」の傲慢さが焦りとなるともう本当の力は発揮できない。

 素人の観戦者が、「どっちがプロ?どっちが昨年度のチャンピオン?」と呟くほどに両チームの『力み』の差があったことがわかるくらいに大差があった。素人だからそんな風に見えたのだとしたら素人判断も侮れない。つまり、業界以外の常識や見識も十分に摂りいれていないと体質改善も出来ないのではないだろうか。そんな考えを巡らせながら勝者のチームの紹介に耳を傾けた。昼間の会社勤務を終えて午後7時から2時間ばかりの練習はストレス解消も求めて、「人生を謳歌している」選手集団であると聞き取った。このチームが次の戦いから信じられない程強くなるとは信じがたい。勝負の世界にどんでん返しは付き物である。弱い者が強い者の「ちっちゃな油断(=隙間)」に食い込んで勝ってしまうからスポーツは面白い。

 ただ、素人でも言えることがある。

番狂わせは起こるべくして起こるということである。そして、それは弛まぬ基礎練習と無欲な戦い方を教え込まれていないチームや選手には「どんでん返し」を喰らう主人公になってしまうということである。

一夜明けた今、勝者と敗者の「思い」にどれほどの差が生まれているのだろうか、と案じている小生は、やっぱり「お節介」な性分なんですね(笑)。

2012/09/09

驚異的な身体能力

 

~TV画面にくぎ付け~

 車いすの選手の自由自在なまでの見事な動きに感動した。

 360度回転できる椅子の方向を、受け止めるボールの速度と角度に合わせて回転させる能力に目を見張った。超能力的異次元を見た感じで視線は釘付けになってしまった。パラリンピックの車いすテニス・男子シングル準決勝戦だった。車いすに乗せている両足に障害がある選手と片方の足が義足である選手の対戦だった。

 ワンバウンドまで許される通常のテニス競技ルールに、プラス・ワンバウンドが許されている(ことも初めて知った)とは言え、自分の意思では動けない身体を、腕1本の力(もう1本の腕にはラケットがある)で車いすを動かす運動量は全く想定できない。しかも、機器の側近に飛んでくるボールへの対応は避けながら打ち返す身体能力も要求される。一歩間違えば転倒だってあり得る。足によるストップが出来ないからである。

 そんな憶測を老脳に張り巡らせながら最後まで観戦した。デュースを何回も繰り返しての熱戦であった。両者の奮闘にすっかり釘付けになってしまった。「凄いなぁ~」の一言しか、ゲームセットの直後の感想として発することが出来なかった観戦者の小生にはどんな評価が下されるのだろうか。彼らが生きている世界との段差が大き過ぎた。

 小生は自らも運動選手だった。大した選手でもなかったし、教員になっても立派な指導者にもなれなかったが健常者である。更に、心の深部で感動したのは、画面の選手たちの表情に暗さは見えなかったことである。

 お気に入りの月刊誌(『致知』2012年10月号)で次のような記事を読んだばかりである。読者諸兄にもご紹介しよう。 

 ・・・・・(略)厳しい勝負の世界を戦い抜いてこられた米永邦雄氏(日本将棋連盟会長)は、運命を伸ばす核に心のあり方を置いているのが印象的だった。氏は言われた。「ねたむそねむひがむうらむにくむ。そういう気持ちを持っている人に運はついてこない」 道を極めた人の言葉は、心を高め、運命を伸ばす妙諦を簡潔に衝いて示唆に富む。(略)・・・・・
 

 この選手たちの障害の経緯は知る由もない。

生まれついでの障害と闘いながら生きている人も、健常な生活から何らかの外的要因で障害が発生してどん底から這い上がった人もいることぐらいしかわかっていない。ねたんだり、ひがんだり、事故や事件をにくんだりしながらも、パラリンピック(今日の話題の視点)というひのき舞台を目標にして周囲の皆さんの応援を一身に受けて努力に努力を重ねてここまでやって来たのだろう。

 想像を絶する辛さや苦しさをバネにして「運をかち取る」までの生き方に脱帽である。活躍する選手諸君にはまだ人生も長い道のりだ。道を極めた運動選手として後進に範を示しつつ前進して行って欲しいと、凡庸な小生は願うばかりである。
 
早朝歩禅記録 05:00~05:50【6300歩】
写真は下から上に時刻をずらして見てください。濃霧の朝に湖面の向こうに朝陽が昇りました。幻想的な太陽光を拝みながら帰ってきました。休日ですから皆さんは未だ熟睡中でしょうね。年を取ると、イヤでも目が覚めるようになるので寝坊などで自分を責めないでくださいませ。

自己紹介

自分の写真
1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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