2013/06/18

「手当て」から「手解き」、そして「手直し」は指導法の原点!?


 昨夕のこと。
 
 19:17 受信の携帯メールに老妻が気付く。小生のパソコンを開けるように要請。開いたら孫娘が書いたらしい「習字」の作品の画像を母親(長女)が送信したようだ。画面を見詰めながら祖母(妻)と孫娘の交信が始まった。どうやら「明日までに提出する宿題」らしい。ソファに腰かけて新聞を読みながら聞くとは無しに孫に向かって作品の手当てを始めたようだった。5分もしない内に第一回目の電話交信はおわった。送られた画像の診断(=「手当て」)だったのだろう。

 19:36 二度目の携帯電話のベルが鳴った。小生の役目はパソコンに受信している画像の呼び出しである。画面いっぱいに、2枚目の作品を映せば役目は終わる。近所の農家の方が玄関先に筍を持って立たれたので、接客対応は小生である。「手直し」の過程は全く耳にすることはないままに戴いた筍を台所に置いて書斎に戻る。老妻と小生の会話は無い。老妻は「手解き」を終えて、直ぐに台所に立って筍の処理に入った。 

 19:57 老妻に通告されていたのでパソコンを開いて待った。三度目の携帯電話のベルが鳴った。最終段階の「手直し」の指導が終了するまではホンの2~3分だった。出来上がった作品を画面で視ながら「名前を書いておいても良いんじゃない?」「もう一枚書いたら終わりにしなさい」と、老妻の声を最後にレッスンは終わったようだった。

 その後の送信も交信もなく添削指導の一部始終はこの程度のモノ。宿題として学校に持ち込む作品は見ることも無い。

小生のここ数日は「教員採用試験受験者」から送られてくる【小論文】作品の添削に明け暮れている。一人の添削回数は7回までとの契約に沿って請け負っている。こちらは電話での交信指導はないが、微に入り細に入り、ボールペン1本を使い切る程に書き込んでは送っている。

 届く次の作品に全くの進歩がみられないと流石にガックリする。祖母と孫娘のパソコン画面を介して「習字一枚」の作品作りの風景に接した小生の老脳には、ピピピーと閃光が走った。添削スキルのローレベルを気付かされたのである。小論文の添削指導を受けている受講生諸君には、指導手法の原点(=「手当て~手解き~手直し」)を飛び越えて、「合格するための」早道だけを解いていた自らに気付いたのである。

 指導者の力量不足は致命傷だ。

1時間も掛からない内にこんなに違いがある事を見せつけられれば衝撃も大きいモンですよ!(笑)

2013/06/17

わが家の『猫の額』が教える、「見える成長」と「見えない成長」




 この写真は『猫の額(=我が家のちっちゃな菜園の通称)』の成長株です。

3日間も県外の霧中で過ごして、「疲労」を手土産に帰宅し、雑務に追われて週末を過ごしていました。雨が上がった猫の額に降りてみました。ご覧ください。今年は、去年より2週間以上遅く(霜害)キュウリの苗が届きました。素人の老夫婦は昨年の驚くような豊作で喜ばせてくれたキュウリに安易な期待を込めて苗の到着を待っていました。この3日間で「目に見える」成長が心を躍らせてくれます。

梅雨時期の降雨が、農業に与える効果がこんなに大きいとは農家の三男坊に生まれた小生には、真剣に考えたことがなかったのです。やっぱり母親が三男坊に向かって罵った通りの正真正銘の「親不孝モン」です(笑)。

素人の証明は、「見えない成長」が理解できないことでしょうか。

ミニトマトを植え付けてホッとしていた我々夫婦に向かって近所の玄人に「苗と苗の間隔が狭すぎる」とアドバイスを貰いました。1か月もしない内に、陽射しが通らない程に葉が茂るんだよ、と解説もありました。素人には繁ったトマトの姿は想定できません。植え付けた場所は『猫の額』です。そんな間隔を置いたら花が植えられない、と老夫婦は目を見合わせながらも、トマトの大好きな孫の顔がちらつきました。

気持ちだけの妥協と指導に従うべく間隔を開けて植え直しました(笑)。

今朝の猫の額には繁った葉が隣の葉っぱと喧嘩状態でした。「う~ん」と唸るばかりでした。目に見える成長ぶりを認めながら、そこには「見えていない成長」を計算に入れられない貧相な経験値を思い知りました。どこまで伸びるの?と驚くほど空に向かって伸びるインゲンの成長ぶりも、溢れる程に芽を出した朝顔の苗の群生に「見えていない成長」への学びの浅さを痛感しています。

「見えない成長」を読み取れる能力こそ玄人の玄人たる所以でしょう。

なかなか将来の成長を想定できない教育者は、「今でしょ!」とばかりに目の前の頑張りだけで迫ってしまいそうです。人生80年の時代に「遠き地点での成長を」期待する教育手法の追究は決して軽視できません。

猫の額に佇みながら回顧しつつ、「見えない成長」を考えた朝です。

2013/06/16

『無精モン』の無精モンたる証は「他力に便乗」する事なり(許されたし)

 

 以下に示す「校長の仕事日記」を、当ブログにアップすることの事後承諾すら得ようとしないこの無精ぶり。「70歳を前にしても変わらじ」、と笑って誤魔化すあたりも正真正銘の無精モンですなぁ~。

 こんな過酷な(笑)スケジュールを笑顔で消化するこの無精モンは何者?!

 敬愛する鍼診療師の口癖が脳裏を駆け巡る「無理はしてみなければ無理かどうかわかりません」「本当に無理なら出来ないでしょう」「出来ないことが無理であることを証明しています」「出来たということはもっと無理が出来ると言う嬉しいご褒美です」

 去る12~14日の今回の学校訪問で、鍼診療師が保証する「感無量のご褒美(=認定証)」を受け取ったことになりました。訪問計画を企画していただいた訪問校関係者に敬意を表します。北関東の遠隔地まで戻っても至って元気な老体です。気遣いのご心配は無用です。また、訪問します!!その節はよろしくお願いします。
 

 訪問した中学校の「校長の仕事日記」を添付します。(若干の加除修正有り) 


20130612()
  車の中で角田先生講演会

 校門で挨拶。打合せでは角田先生の来校、授業研究の時間設定、コラム「お母さんは学校の応援団長」のことを話す。すべてに校長の思いを入れて短時間だが熱く語ったつもり。 ・・・・・≪略≫・・・・・ 3時間目は初任者を集めての授業公開。2年目の教師が授業者。この日まで献身的にサポートしてきた職員の動きが嬉しい。時間的なこと、物理的なことをも度外視しての支援に頭が下がるばかり。こうした学校の雰囲気は大切にしていきたい。   ・・・・・≪略≫・・・・・
 駅頭で角田明先生をお迎え。主幹の車で宿泊予定のホテルへ。その間、管理職の在り方、学校経営、各地で開催されている『響の会』などのお話を伺う。いつものように温かみがある言葉が続く。ファイトがわく話も。そして凛としなければと思う話も。まさに車の中で聴く角田明講演会。
 学校へ戻り、校長室で執務。決意した校長塾(授業技術)開催の日程や受講者などを主幹と相談。学校アンケート実施の発信とその設定を依頼。今日も濃厚な1日。20時過ぎ退校。


20130613()

角田明先生の凄さ

 ・・・・・≪略≫・・・・・  9時過ぎに角田先生来校。PTA主催の懇親会時まで、角田先生の傍にいさせていただいた時間は12時間。改めて角田先生の偉大さに感じ入った1日。
 2時間目は3年生から授業参観。3時間目はお願いをした2人の授業観察。4時間目は学校全体で進めている3つの授業観察。給食時には3人への授業診断。
 午後は研究協議会を参観していただき、教員向けへ1時間の講演。1時間休憩後、保護者対象の親塾(講演会)を1時間。1時間後にはPTA主催の懇親会で2時間。
 僕がお願いした今回のスケジュールに対して、角田先生は「人権問題だと言ってもいい」と称された。確かにその通り。「校長さんの依頼は断れない」といってくださる言葉に甘えて過酷な1日を組んでしまったことを深く反省。とはいえ、明日も午前中はびっしりのスケジュール。「申し訳ありません」しか言えないが、角田先生のご厚意に応えるには、いただいた大きな重い宿題をやり遂げるしかない。
 ★ ある教師へ笑顔で言われた実に厳しい授業診断言。
 ★ 歯切れのよい講演。明確な今後の指針。
 ★ 保証→保障をキーワードに提示された親としての在り方。
 ★ 我が校が「命のプロジェクト」を意識されて持参された写真絵本4巻。
 ★ 親塾での参加者の涙。
 ★ 「お父さんのお母さんの料理は世界一」の作文。
 など、記録しておきたいことは膨大。しかし今は時間がない。1日でノート1冊ほどになってしまった角田語録。じっくり整理したい。今日はここまで。


20130614()

角田先生指導三日目

 角田先生、来校三日目。今日も4つの授業を見ていただき診断と指導。文書処理や問い合わせに応えながら、出来る限り、角田先生の傍らに。
 提示されたピカピカ(小学校低学年)、ノリノリ(小学校中学年)、キラキラ(小学校高学年)、ギラギラ(中学校)の子どもの姿を実現させるための授業像は、自分なりに固まった。これから角田先生の次回来校時まで、ギラギラ授業を視野に入れて何度も職員と話し合いを重ねたい。決意を新たにした三日間。 ・・・・・≪略≫・・・・・
  この三日間でいただいた課題は多数。どこから動き始めるか。「やれること、やらなければならないこと」(角田指導言)を考えて行動開始。

2013/06/15

『気配りと心遣い』がなければ活きた「組織」は編めません!


 
 

 この写真は今回の訪問中学校の正面玄関です。

 これは小生の靴です。
 これを履いて外に出ました。体育の授業を観察するためでした。この時間帯も前半に1つの授業を観察して、移動をしてグランドでの授業を観るためにこの「現場に遭遇」しました。小生は、確かに下駄箱に靴を入れてから応接室に入ったのです。

 授業から授業へ移動するために時間との勝負です。教室から小走りで玄関に回って運動場に移動する老輩をご想像ください。

 授業をする教員も人間であれば、受講する生徒たちも人間です。人間と人間の「関係づくり」に、お互いの『気配りと心遣い』は欠かせません。双方に要求される行為です。片方だけでは「関係づくり」は失敗します。授業の成立条件の一つでもあります。

 学校経営に神経を遣っていた日々に、非常識な教員の言動を窘めました。廊下ですれ違う外部の人に会釈もできない現状を見て愕然としたからです。日本にしかない独特な礼儀作法も『気配りと心遣い』の象徴です。教員たる稼業を生業とする集団に欠けていることを許せなかったのです。イヤな校長としてのイメージは自らが最も深く理解しておりました(笑)。

 急ぎ足の小生には、玄関先に揃えて置いてある自分の靴が他人のモノかと一瞬の疑いの眼が踊りました。足を入れて運動場の「体育の授業」観察に移動しながら訪問校の教職員の「どなたか」の配意を感じました。老輩の足取りも軽くなりました。溌剌とした中学生の大きな声の挨拶を受けました。この中学校の「将来への期待」が胸一杯に膨らんだ瞬間でした。

 感情で生きる(?)教員集団です。いがみ合っていては教育など出来る訳がありません。「勉強する(=学び合い)」スキルは独りで習得できる代物ではありません。子ども同士の学び合いと表現すれば「カッコいい」ものには見えますが、中身は「教育に情熱を掛ける」教職員集団に、子どもたちへの深い愛情に包まれた『気配りと心遣い』の裏地がないと成就する出来るモノではないのです。子育ては大人(教員や親)の愛情があれば大丈夫なのです。

 こんな『気配りと心遣い』のできる教職員が育っている学校経営に頭が下がるお思いで、小牧山に聳える素敵な小牧城に見送られて帰路に着きました。
新幹線の中でも「犯人捜し」(笑)をしてしまいました。
          この『気配りと心遣い』の犯人は誰なんだろう?、と。

2013/06/12

毎日が「休業日・人」は気楽に外出ができるのが特長です。


 
 当地に転居して3年目に入って2か月が進行中です。東日本大震災の直後(1か月後)だったので記憶が薄らいでも、節目がやって来るとマスコミが取り上げてくれるので老脳も記憶を蘇らせてくれるのです。

 昨日(6月11日)は、「震災から2年3か月」の記念日だったという訳です。

 前日に、夕刻の帰宅時間に6年生の孫が翌日の予定を口にしました。市内の「子ども・交通安全指導教室」に出場しなければならなくて練習してから下校したとの話題だった。

 会場を知って、「一度は行ってみたい」所だったので老妻を誘った。
 孫には伝えていない。許可を得ると拒否される恐れを感じたからです(笑)。霞ヶ浦の畔の広大な総合運動公園の中にある体育館は直ぐに分かった。車で30分もかからなかった。地方の施設らしく利用者の気配が広大な環境に呑みこまれてしまうのか、散歩人らしい群れとも殆どすれ違えない。

 孫の出場を好機にして霞ヶ浦総合運動公園を訪れることができました。

 帰宅した孫は祖父母の会場入りには全く気付いていないらしく唖然としていたのが可笑しかった。嫁も「行ったんですか?」と驚いていましたが、老妻の答えが面白かった。「毎日が日曜日ですから、思い立ったら行けるのよ」と。

 広大な面積を誇る当県に引っ越して来たのですから、チャンスがあれば訪れてみたい場所は山ほどあります。また、このブログででも訪問先をご紹介することをお約束しておきましょう。

2013/06/11

『時』の移り変わりは、『時刻』の表現法が証言する?

 

 昨日(=6月10日/時の記念日)の夕暮れの話である。

 老夫婦の夕食は年間を通じて午後6時である。夏場の6時は周囲から子どもたちの遊びに興じる歓声に似た声が聞こえる程明るいが「定刻主義」は一貫している。変えることはない。他人は首を傾げる。故郷の熊本ではこんな風変わりな性格を「もっこす」(=変人・頑固者)と冷めた表現をする。良く言われた!(笑)

 余談はさておいて、『時』の話題である。

 ラジオを聴いている小生の耳に飛び込んだアナウンサーの声。

 今、午後5時55分です。全国のリスナー中には6時前5分(6時5分前)と言う表現に馴染んでおられる方もいらっしゃるでしょう。ラジオの前のあなたはいかがでしょうか。

ふと部屋を見回した。老夫婦が家を建てて長男宅の「離れ」に住み始めて2年が過ぎている。部屋には掛け時計がある。長針と短針が稼働する時計である。長い針が12、短い針が6であれば「6時」となる。現代ではこの種の表示方式はアナログと言われる。 05:55 と数字が並んでいる時計では5時55分となるのが自然であり、デジタルと言うようだ。

 アナログとデジタル。

 アナログが旧式でデジタルが現代式であるらしい。電波塔も東京タワーから東京スカイツリーに、つい先日、替わったばかりである。憧れの電波塔も『時の流れ』には勝てない。東京タワーはアナログで、東京スカイツリーはデジタルである。生活様式が時計の表示にも顕著になっていることを感じた瞬間であった。

 英語の表現でも、6時前5分と5時55分の二通りを学んだ世代がまだ生存する。今の英語学習表現では「前5分」という行は殆ど闇に葬られている状況下にある。デジタル時代に生きる世代人には面倒な表現は厄介の様だ。

 時代が変わることに反論などできない。

 言葉の表現も変化することに異論もない。ただ、何となく時が流れて人情まで流されていってしまうことが寂しいだけである。当ブログの愛読者の皆さんは、時計の読み方はどちら派なんでしょうか?

2013/06/10

「三日坊主」×2  空白を感じた早朝歩禅から帰りました。

 

 早朝歩禅の収穫は撫子と矢車草と他の花の苗です。

 名前もわからないままに引き抜いて、戴いて帰って来ました。先客があったので訊いてみました。「誰でも抜いて良いことはないですよね」と。先客は、この秋から本格的な道路拡張工事が始まるので花の咲き終わる頃には抜いても大丈夫です。来年はこの花の群生地はなくなりますよ。農家の方々が雑草だけの荒れ地にしておきたくなかったので各種の花の種を蒔かれたそうだ。説明に納得しました。

 昔のお話。

 祖母が近所の垣根に咲いていた花を折って持ち帰りました。嫁である小生の母が咎めました。そして返しに行くと言って嫁姑の口論になりました(笑)。祖母のセリフが蘇りました。「きれいだね」と褒めてあげているんだから「泥棒」とは違う。花泥棒はこの世に居ない、と。そんな冗談を言いながら躊躇する老妻に勇気づけをして(笑)6~7本の苗を持ち帰りました。

 直ぐに植え付けて、その後朝食を済ませました。

 来年は我が家の『猫の額』に撫子や矢車草の花が咲いてくれますよう!!仏壇の花としても供えてあげたいと強欲が頭を持ち上げている朝です。

約1週間ぶりの早朝歩禅は気持ちが良い。サボってはいけませんなぁ~!!

自己紹介

自分の写真
1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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