2013/11/17

念願の「カーペット」が手に入りました!!



「昼寝」と言えば、乳幼児には健康な発育のための王道的手段である。

認知症と判断された老人(?)は時間感覚も失せて「居眠り」状態を繰り返して昼間でも寝てしまう。小生は未だ古稀世代である。忘れっぽい症状だけは自己認識をしている。しかしながら、昼食後の30~45分ぐらいを「転寝」の時間にしているのは小生だけの「正常な日課」と認識もしている。二人だけのミニ老人ホーム(=老夫婦だけの呼称)の主要な日課は、朝夕6時と11時半に食事を摂ることである。いや、そのように準備を老妻には要請している、と表現した方が無難であろう。

それは『午睡』の時間を確保したいからである。

昼寝も転寝も、そして『午睡』も行動体系は同じであるが、弁明に使用するためにも小生は『午睡』と、勝手に表現しているだけである。

真夏の日中は風通しの良い部屋に大の字になって眠りこけるのも体力消耗を保障する手段として老若男女に容認されている。が、木枯らしの吹く季節にもなって昼寝の時間を確保するとは異常な行為と診られるようだ。昼間の時間も極端に短くもなっているのでその診断は正常である。

晩秋からは、畳の部屋とは言え直に横になるとヒンヤリ感が寒ささえ覚える。

昨年まで数年間は使用していた「一畳大の温カーペット」が故障した。その存在感の大きさを痛感しつつ、電化製品大型販売店やホームセンターで探し回った。「一畳」のサイズが見当たらずに寒さを感じながらも手前勝手な『午睡』の遂行にはこの時期でも躊躇は無い。

娘から「探したらあったので・・・・」との電話があったらしく老妻は「買って送って頂戴」と注文してくれたようだ。昨日の午後、日課(=『午睡』)を終えた時間帯に自宅に届きました!!

時間が取れれば(自宅の生活では)、届いた1畳大のホットカーペットの恩恵に感謝して『午睡』を貪ることが出来そうである。昼間の転寝の所為で「夜眠れない」症状は全く無い、古稀の老体には午睡が染み付いているようである(笑)。

決して、良からぬ行為の真似事に挑戦されないことを願っております!!


【歩禅記】 陽射しの温かみに誘われて9時に家を出ました。丁度60分を掛けて歩いて帰宅しました。6700歩の歩数は、老妻には丁度良い歩数だと判断しました。膝痛に無理強いは禁物だと配慮しての歩禅でしたが、疲労感も想像以上に少なく安堵した帰宅直後の老妻の様子でした。
小生は汗をかきました。下着を取り換えてスッキリしましたが、小生にはもう少し歩数を増やさないと、と自らに言い聞かせながら美味しいお茶をいただきました。

 
 
 
 
 

2013/11/16

こんな「お知らせの葉書」が届きました!



サンふじ出荷案内

 前略 本年は①春先に積雪、遅霜の被害、②夏期の旱魃など天候不順で大変厳しい状況の中、①9月に入り雨台風でしたので降雨があり、平年並の果実肥大まで成育しました。 しかし収穫量は少なめです。
 11月に入り、雨、曇りの目が続き、着色は遅れぎみですが初雪も観測され、やっと収穫期になりましたので11月末頃より発送いたします

     【丸数字と色分けと下線部は小生が手入れして表現しました。】

 
 
 10年以上のお付き合いを続けているリンゴ農家からの葉書です。

 長野県立須坂東高等学校のPTA主催の教育講演会に講師として招かれて行ったのがキッカケでした。当時のPTA会長さんが、この葉書の送り主です。

りんご。
九州生まれの小生にとって、「木に生っている林檎」の光景は大学生時代に松本市出身の友人宅に泊めてもらって初めて見たものでした。前掛け姿の友人のお兄さんが、リンゴをいで前掛けでキュッキュッと音が出る程に拭いて食べさせてもらった思い出にも繋がります。 

 この農家に依頼して、九州の親戚にリンゴを送ることにしています。

 年年歳歳、自然環境の予期せぬ変容にはリンゴ栽培だけに限らず様々な農家の方々の苦労は大変な様子です。この出荷案内の葉書は印字されています。葉書の余白には手書きで以下の文章(追伸)が添えてありました。

 今日は雪が降りました。これで収穫開始が少し遅れそうです。11/13
 
 
 
 
 

2013/11/15

「いや~、まいった!!」と、また恥じ入っています。


 いつものように今朝も3時からラジオを聴いていました。

 番組名は「日本の歌こころの歌」です。担当のアナウンサー(と、私は表現してしまいますが、業界ではアンカーと言うそうですよ)が、「今日は作詞家・星野哲郎さんの命日です」「命日にちなんでの特集番組として氏の作品を10曲選んでお聴きいただきます」との言葉に続いて、古稀世代の私には懐かしくなってしまう歌謡曲が流れ始めました。3年前(2010年)の今日の逝去だと情報を耳に受け止めながら「もう3年も経ったんだ!」と思いながら「この曲も星野さんの作品なんだ!」と実に愉しく能天気に聴き入っていました。

 どの曲を聴いている瞬間だったでしょうか!?

 11月14日。つまり昨日は親父の命日だったことを、すっかり忘れてしまっていることに気が付いたのです。昨日は何もない終日の「暇人」生活でした。天気も良かったので墓参りも出来た筈だ。目を覚ました老妻に、恐る恐る問うことにしました。「知っていましたよ」とさり気ない返答に「ムッとする」自分自身に腹が立ちました。

 今日は雨の予報らしい。雨さえ降らなければ墓参りしよう!

 妻の父親ですが、他界するまでのホンの数年間しか傍で生活することが出来なかった婿養子としての不義理ぶりは妻が一番知っています。転居を前提にして当地にお墓を作りました。せめて亡くなった後ででも「傍に居る」証しにしたかったのです。両親の出生地は九州です。墓参には遠すぎるからです。

 妻の両親にとって、孫は我が家の3人の子どもだけです。その3人の孫たちが集って、この秋に7回忌を済ませることができました。親父さんより3か月前におふくろさんが他界しています。菩提寺の住職の配慮で、法要(7回忌)は一回にして済ませることが出来ました。おふくろさんの命日には、墓参りをして「法事は親父と一緒にするからね」と言いながらお線香をあげました。

 ところが、昨日の日を忘れてしまっていました。

生前に親孝行の真似が出来なかった反省の上に立っていた筈の義理の息子です。そんな息子の不義理には、親父さんも呆れて豪快に笑っているだろうなぁ~と自省している朝です。
 
 
 
 
 

2013/11/14

番組変更の「再放送」に聴き入って老脳がシャキッとなる

 

 稼業が立て込むと、やっぱり個人の生活リズムは壊れる。

 現職時代は、多くの日々が「いつものように」時間は流れていた。大変動の日程の連続性はなかった。退職して“毎日サンデー”(=小生の「憧れ」を込めた造語)となった。人によっては糸の切れた凧のようになってしまうそうだ。しかし、小生には「憧れの自由時間」の連続は全く期待外れに終わって、現在も進行中である。現職時代の4時起床~10時就寝のリズムが我が意に反して崩れざるを得ない日が、しかも不規則的に勃発する。リズムを整える余裕も無い。復調への体力も減退している。良いとこなし!の毎日サンデーの日々である(苦笑)。

 そんな日々を過ごしながら、時として体内時計が顕在している朝がある。

 今朝は狭い和室も冷え込んでいた。目が覚めてトイレに立ったのが3時ちょっと前だったので、枕元に置いてあるラジオのスイッチを入れた。番組の急な変更を説明しているところであった。11月8日に亡くなられた歌手・島倉千代子さんの追悼番組として「録音インタビュー」を流すことになったとのこと。

 布団に入って耳を傾けながら、「知らなかった事実」として新鮮に受け止められる内容であった。歌手としてデビューされた昭和30年代の世相に聞き入った。懐古しながら、業界独特の文化を聴き取ることをできた。業界は違っても「人間社会の風潮」は教育界にも通じることが多くあると頷いたりした。新採用教員時代(=小生は昭和43年に業界入り)における上下社会に存在していた規律には、抵抗感が無かった訳ではないので、失敗談や苦労話を聞きながら胸が熱くなってしまった。

 マスコミの報道からしか得られない情報には随分温度差があるんだ!

 思わず、「ホント?嘘じゃないの?」と自問しながらご本人の言葉であるので信じることになるが、現実とのギャップにすっかり目が覚めてしまった。教育界を全く知らなかった友人が現職を退いてから現在、学校勤務をしている。彼が、「内外教育」という業界紙から情報を得た内容と、以前にマスコミから得た情報とのギャップの大きさに驚いたそうだ。正しい情報とは何か?とメールで訴えていました。

 正確な情報はどのようにして得るのか?

 情報過多の世相の中で生きるためには、この課題は最重要な案件であると感じている内に番組は終わった。島倉千代子という「歌手」への勝手なイメージは払拭し切れないので、ラジオから流れる著名な代表曲を聴きながら複雑な思いが去来した。

次代を生き抜く世代の人にとって、「より正確な情報を得る」ことが出来るかできないかが、『生きる力』になるのではないかと考えたのですが、皆さんはどのように考えておられますか?
 
 
 
 
 

2013/11/13

「二度あることは三度ある」と確信してしまう・・・


 1年に1回の「この快楽」が堪らん!!

 快楽と言う言語表現は不適切である。其の位は十分に理解しているが、使用したい気持ちに駆られて負けてしまう。その快楽の要因が「授業」にあるのだから読者諸兄もビックリされるだろう。

 横須賀市立横須賀総合高等学校。

当ブログの昨年≪2012年11月14日~16日=3回連続にて登載)≫もこの高等学校訪問の記録を報告している。右欄外の2012年11月分でご一読いただきたい。タイトルを「授業で学校を創る」として3日間も連載してしまった。当時は、新ブログ【寸心紀行】は創設していない。と言うより、この高等学校の感動と感激に急き立てられたようにして、新ブログの企画に手を染めたのである(笑)。

1回なら誰でも、どこでも出来る。

しかし、やっぱり本校は違った。今年の圧巻は定時制課程の「体育の授業」であった。詳細は、横須賀市教育委員会の担当指導主事に頼んで来た資料が届き次第、新ブログ【寸心紀行】(=欄外にて参照)に訪問記録をアップする予定である。つまり、今日のブログはその予告編であると理解いただきたい。

昨夜は帰路の常磐線が車両故障とやらで、上野駅で待機時間があった。時計の日付が変わった頃の帰宅となってしまった。≪つづき≫・・・・・・は、新ブログ【寸心紀行】で再会させていただきましょうか。この欄でご案内します。
 
 
 
 
 

2013/11/12

84歳のおばあちゃんの予言(?)が大当たり!


 昨日の午後、近所の農家のおばあちゃんが庭先に自転車を止められました。

 丁度、庭先を見た瞬間に視野に入った光景でした。80歳を数年だけ過ぎていると笑い飛ばしているおばあちゃんです。膝痛が酷くて歩けないらしく自転車に乗って近場を巡回されるようです。庭先から離れの我が家までは2~3段の段差があるので自転車を止めて一呼吸を入れておられたのです。自転車の籠には、採りたての野菜が満載でした。我が家に届けて頂いていることぐらいは百も承知ですが、玄関を開けて自ら受け取りに出るのも憚られていたのです。

 台所にいる老妻に、「おばあちゃんが庭先で佇んでおられるよ!」と声をかけると直ぐに玄関を出て行ってくれました。土地訛りで、しかも大きな声で話しかけられると周囲がパぁ~っと明るくなります。老妻の笑い声も聞こえます。

 里芋と葉物野菜をたくさんいただいたらしく「運ぶように」、と老妻から声がかかり外に出ました。こちらに向かって、屈託のないお声で、「明朝辺りは初霜が降りるかもしれないよ」との予言でした。

 嫁の実家からも沢山の野菜が届きました。

 茅ヶ崎での生活では考えられない程の「野菜天国」に恵まれ、老妻が本格的な漬物までするようになりました。野菜の高値をメディア情報で知っています。豊富な、しかも新鮮な野菜をふんだんに食べられる至福の時間が流れています。

 今朝は4時に起床しました。

 「冷え込み方が、今朝は・・・・」と独り言を言いながらトイレに立ちました。台所から老妻の声が飛んできました。「おばあちゃんの言われたとおり(=予言?)に、霜が降りてますよ」と。長い人生を田畑と共に生きて来られた「おばあちゃんの眼」は確かでした。感心ついでに(笑)、「今年は夏の熱かった分だけ、冬の冷え込みも酷いぞ」と捨て台詞(?)を吐いて自転車を押しながら帰って行かれました。後ろ姿を見送りながら、素直に「予言」として承る心境の朝です。

 皆さんのお住まいではいかがでしょうか?
 
 
 
 
 

2013/11/11

「歴史を辿れば」今日が浮かび上がる



 スポーツは全般に亘って好感を持っているが、近年は「世界トップレベル」で競技する日本人選手の活躍に目を見張ることが多くあり、嬉しい限りである。休日は家人もそれぞれの行動があるらしく老輩はゆっくりした自分だけの時間が出来る事が多くなった。これも嬉しい事かな?

 TVという娯楽器械は、ほぼ観戦か天気予報か時事問題への関心からの画面選びになってしまう。リモコン操作にも少しは熟れた(笑)。スイッチ一つで容易に画面を変更できるので助かる。

 女子プロ野球と女子サッカーの画面に暫し足止めを喰らった。

 歴史的には浅い種目だろうが、「時代背景を反映する画面」という小生の哲学からすれば、この二つの画面から新時代の歴史が始まりそうな予感がして、数分間ずつ観戦した。試合そのものはどうでも良い。この新歴史へマスコミが支援に回ってくれることを念じつつ、数チャンネルで同時刻に取り上げている種目に辿り着いた。やっぱり、「観戦に堪えられる」種目であることを実感して、老婆心の視点が変わった。このフィギュアスケートなる種目は、いつ頃からこんなメジャーなモノになったのだろうか? 

・・・・・近年シングルでの日本人選手の世界的な活躍が目覚しく、2006トリノオリンピック荒川静香がアジア初の金メダルを獲得したほか、浅田真央安藤美姫高橋大輔ら世界チャンピオンを筆頭に世界レベルの選手が多数存在する。また歴代でも男子で1977佐野稔が、女子では1979渡部絵美世界フィギュアスケート選手権で日本人選手初の3位となり表彰台に上ったほか、1989に日本人初の世界女王となった伊藤みどりや、1994に同じく世界女王となった佐藤有香村主章枝本田武史中野友加里らが活躍した。・・・・

 ざっと計算して40年ばかりの歴史が存在することがわかった。

 スポーツ(種目)が国民性に合うことも「大飛躍」の支援隊であることは納得している。それを「人気がある」と国民性は評価しているようだ。人気を得るためにできる現役の選手には限界があるので、それを取り巻く「連盟」(通称)の力量、取り分け「広報力」のエネルギーは軽視できないようだ。

 国技と言われる種目でも、運営力が手を抜けば奈落の底に落ちることには前例を見なくてもわかる事である。懸命に努力をする選手たちのためにも立派な「歴史」を積み上げて欲しいと願うばかりである。

 写真の晴れやかな選手の表情に至った現実には、長短はあっても「歴史がある」ことを忘れて欲しくはない。自らの誇りを次代に「謝意を込めて」伝えていく歴史の先導役(=広報マン)となって欲しいと願うのは爺脳からだろうか。




自己紹介

自分の写真
1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

フォロワー