2013/12/11

こんな「嬉しい情報」を入手しました!


 現職を去ると、やっぱり『蚊帳の外』人種になってしまう。

 当然のことですから被害妄想の状態にはなりません。しかし、今回のこのチラシは、「おや?業界も変わった?」と自問してしまいました。現職の愛弟子(=本人の意識は不明)に難題をふっかけて主催者への問い合わせを依頼しました。多忙な現職には堪ったものではないですよね。唐突な電話もさることながら、問い合わせの依頼までされたのでは!!目の前の現業が滞りますからね(笑)。

 しかし、数時間後にすっきりした回答が届きました。

 全国の当ブログ愛読者諸兄にもお裾分けします。このチラシ(『いじめのない学校づくり』シンポジウム)への、当方の関心の観点は、「いじめ」という社会現象を学校教育だけで背負うことへの不信感にあります。現職の頃から考えは変わっていません。いじめる人間サイドの心の貧しさは「重大な社会現象」であることを、社会全体で認識すべきだと考えていました。

 問い合わせを依頼した愛弟子からの直接の電話回答でスッキリしました。参加費が無料であり、学校教育関係者に限る等の制限も無いことを確認してくれました。どなたでも自由に参加できるとの回答でした。そこで、ご愛読いただいている保護者や社会教育関係者の方々にもご案内すべく以下に添付しました。

 「いじめる」という病理現象は、『育ち』にあると確信しています。つまり、大人社会の歪みから発生する許し難い現象であることを確信しているからこそ、文科省は「豊かな心」という文言を学校教育の主目標に掲げているのです。「豊かな心」にはいじめは存在しません。学校教育だけで背負える課題ではありません。教職員と言うオトナ社会にも「いじめ構造」は顕在しています。そんな大人社会の下で『育つ』青少年が健やかに成長するわけがありません。

こんなシンポジウムを全国各地で開催して意識変容の糧にして欲しいと願うばかりです。

 

事務連絡: 11月20日付 新ブログ【寸心紀行】(=右欄の該当項目をクリックしてご覧ください)にてお知らせ・ご案内した当方が主宰する第12回・新春教育講演会が、このシンポジウムの前日の予定です。遠隔地からご参加予定の方で時間に余裕があれば、このシンポジウムまでご参加されることをお勧めします。
 
 
 
 
 
 

2013/12/10

『年賀状』が届きました!!


 いや、やっぱり『年賀状』を購入しました。

 日本語としての表現上のミスではありませんが、変な文章になりまして読者諸兄には一種の違和感があるでしょうね。「年賀状」という言語に潜む日本文化の存在感との葛藤に負けました。この哲学戦争は今、始まったことではありません。もう長い期間の闘いの歴史が存在しています。そして勝負の問題でもありません。

 伝統文化の形骸化。

 時代が変われば旧式になっている(と自己判断する)文化は、いつの間にか自然消滅しても不思議なことではありません。『お中元・お歳暮』という生活習慣病(?)の存続にも長期間の価値観闘争は心内では続いています。結局は「削除する」行為への勇断が不成立であるだけなのです。

 人生哲学も「我が子世代」との間にも、親子関係にありながらも考え方に相違があり歩み寄りには双方の努力が求められる時代になっています。親子という血縁関係で問題が解決されないのであれば、社会生活を営む世代人の人間関係を友好的に創り上げることは至難の業と見ても間違いではないでしょう。

 全国の小中学校を訪問しながら退職後の10年間を過ごして来ました。校長職人種の苦悩を垣間見る機会が多くなりました。団塊の世代人が業界を去り、補充的採用で新時代人がニューウェーブを身に纏って業界に入って来ているようです。人間関係を大切にして生きて来た世代人には、いとも容易に関係を遮断してしまう次々世代の言動に失望するとの心情を吐露されます。「教育する」職業人としての期待が不安に替わってしまうと危惧する様相が明白になって来たことを痛感します。

 たかが『年賀状』ですが、されど『年賀状』となってしまうのも、戦後70年間の人生を歩んでいる世代人に染み付いた生活の垢なんでしょうかね。決して、暗い着想として話題を提供しているわけではありません。

 2014年もすぐそこまで来ています。新生命の誕生も喜ばなくてはなりません。新時代への夢と期待を賭けて、更に飛躍をする新年であって欲しいと願う年の瀬の朝のひと時です。

 買ったからには、お世話になった方々への年賀状は投函すべきですよね!(笑)
 
 
 
 
 
 
 

2013/12/09

地図の上を「旅する」ことで気づいたことは?


 
 「ひとつの川」が文明を創って来た!

 県内を移動しても同じことではあるが、空路と違って陸路では、地面の上の世界を「風土」化して、大きな変化を景色にして目に飛び込んでくるのを楽しめるのが醍醐味である。こんなに違うモノかと実感することがある。

 往路は茨城県~千葉県~東京都~神奈川県、帰路は神奈川県~東京都~埼玉県~茨城県と2日間を東西・南北の『列車の旅』で車窓を満喫できる時間を過ごした。空路と違って一眠りしても、車窓の景色は続いている。空路は全く同一空間を飛んでいるようで車窓から感動を受けることは殆ど無い。電車の車窓は同じ風景は全く無いので飛んでいく風景への人情も湧き上がってくる。そしてまた、見たくなる。

 現自宅から元の自宅のあった地に電車で行くと、利根川~江戸川~多摩川の鉄橋を渡る。正真正銘の「境川」である。風景も変わるが気温(気象状況)も変わることを実証するのが河川である。地図帳を片手にして記憶力の貧しさに落胆しながら地図帳に「河川名」を記入した日々が懐かしい。今は、東海道新幹線から前後の車窓から全部の河川名が言えるまでになってしまった(笑)。

 昨日は、東京都から茨城県の会場に移動した。そして、任を終えてを在来線を利して乗り換えながら「不便さ」を実感しながら北関東の冷たい風を体感しての帰宅となった。不便さは決して不満ではない。

 会場から送ってもらう自家用車で鬼怒川という川を渡った。栃木県から流れている川である。この河川は「市境」になって行政区域を作っている。川を渡った瞬間から灯りの少ない夜景に変わった。JR水戸線の乗車駅に着いて飛び乗った。水戸線の電車から車窓はほぼ、暗闇であった。良い事だ!!思わず不必要な電飾を嫌っている小生は呟いてしまった。常磐線への乗り換え駅に着いた。25分間も待機時間があって「以前の暮らし」との利便性の差異を痛感した。

 友部駅の待合用の椅子に温かい座布団と腰に当てる毛布の準備がしてあった。何だかうれしくなって利用した。疲れを取り去ってくれるような自然の温もりを感じた。幾つもの川を渡って移動した土地の1つ1つの風情が好きである。

今回の旅は、茨城県内を真ん中で区切ると西部にあたる。東京から北上して(笑)、大小の河川を渡って自宅のある駅に降りる県西部を一周したことになる。3年しか住んでいないので「住まいの空気」は未だ身体は知っていない。しかし、寒い事だけは体感できる。

前日の「旧・住宅」地とは空気の匂いまでが違うことぐらいかわからないが、土地が変われば生活様式も変わる。当然ながら教育に関する仕様も手法も変わる。その差異に「首を突っ込んで」学べることは至福以外に考えられない。

寝坊をした朝の『歩禅記』アップの遅延はお許しくだされ!!
 

【写真】 一昨日(12月7日)、架け替え工事が全て完了した常磐線が走る利根川の鉄橋です。新鉄橋のご紹介は後日しましょう。この日の午後から翌日早朝まで常磐線の千葉県側と茨城県側では乗客も、知らずに駅に着いて大慌てだったことでしょう。
 
 
 
 
 
 
 

2013/12/07

老輩の「請負業務」も大詰め、師走ももう1週間が過ぎます!


 3日間の高知滞在でした。今年の仕事も大詰めとなり老輩の全身は疲労困憊の状況下にあったようです。この年齢にもなると、ドタキャン(=直前や当日になってキャンセル)だけは避けたいと心底から考えているのですから大変です!

 旅先は独りです。

「万が一」の事態と遭遇することを想定するのは出発前の私事となります。歯垢を除去して清潔にして貰うために定期的に歯科医に通っています。ちょっとした口腔の治療をして貰うだけがお医者さんとの付き合いである小生には、当然ながら処方箋を薬局で薬に替える行動もしたことがありません。1つの常備薬(=市販薬も含めて)も携帯しない常態での3~5日間のミニ滞在がスケジュールの主体です。同輩・友人・知己との懇親会での話題は「孫・薬」の自慢話(笑)だけなのです。

小生の「本務」で異常な症状が出るのは『咽喉・腰』ですが、対応は自前(手作り)の対症療法しかありません。鍼診療師のイチオシが「半身浴」(=師は『腰湯』と表現)です。起床後の朝の30分間は最高であるとの推しです。今回の旅先での「早朝30分間」も師の教えに従うことで始まり1回も欠かしませんでした。8時過ぎのホテル出発時刻までには「全身の火照り」も和らぎ、快調な滑り出しとなり活気ある開業となりました。かくして、大任を果たして(=額面上だけの自己満足で)帰ってくることが出来ました。

 今日からまた県外に出講です。

 2つの県を移動して業務を果たして明日の夜遅く帰宅する予定です。2013年の請負業務の最終版です。四国・高知での充実した時間が「栄養素」(=非売品)となっています。間もなく古稀を迎える老体には「自信」という何よりの特効薬は、訪問する学校の後輩教員の表情です。凡庸な先輩教員ではありますが、業界を去った身軽さと僅かな経験値をぶつけるだけにも関わらず、真剣に向き合ってくれる後輩諸兄の存在には全身が絆されます。

 あと1か月も過ぎると「新年業務」が始まります。

「加齢との共生」をモットーにして多くの後輩諸兄との再会を楽しみたいと心が充血している朝です。
 
 
 
 
 
 

2013/12/03

「組織」と「人材育成」の相関関係を追究してみたくなる!!


 一昨日のマラソンレースはTV画面から目を離すことができなかった。

 それは、一人のランナーの激走ぶりに脳味噌の中にある「人財育成に関する思考回路」が自然再発したからである。

この駆け引きは自作自演なんだろうか?画面に向かって自問して答えを求める『考える』時間となった。今までのマラソンレースではペースメーカーが先導する距離が、今回は短縮されたのだそうだ。世界トップランナー(だった)解説者が選手の精神的な動揺を盛んに指摘していることでわかった。

その変更された予定地点で、一人のランナーが飛び出した。業界の関係者にとっては「無謀な」展開に挑んだことになるようだ。固唾を呑みながら画面に食い入る。経験値を活かした解説者の説明は視聴者が分かるように想定外の走り方であることを説き続ける。解説者の予言が当たり始めて、飛び出したランナーは、また集団の中に吸い取られてしまって「レース展開の駆け引き」の難しさを知った。

こんな2時間少々の時間を釘付けにしたランナーには、「選手として所属する組織」は無いようだ。監督さんや専属コーチ、トレーナーや医師も付いていないランナーとして数年前から注目していた。今回のTV解説者が所属する組織への勧誘をした経緯も新聞情報等で読んだことがある。しかし、「組織人」として活躍することを拒んだそうだ。「自らが課題を見つけ、自ら解決する力」を自身に鍛えこんでいる『生きる力』を持っているランナーなのであろうか?次のようなネット記事を読んで「組織と人財育成の行き詰まり」を感じ入った。 

20キロからレースを動かした川内の積極的な走りを日本陸上連盟幹部が絶賛した。尾縣専務理事は「川内くんの卓越した精神力に感動した。日本のマラソンランナーの範となる」と話せば、宗猛マラソン部長は「彼が本当のマラソンのプロ。実業団の選手はアマチュアです」と、脱帽した。
 陸連は来年4月から16年リオデジャネイロ五輪を見据え、常設のナショナルチームを作り、強化をしていく予定。川内が苦手とする夏のレースへの対策も科学的データを集めて、選手に提供していく予定で、酒井強化副委員長は「川内くんは暑さに弱いと話しているが、内臓は強いし、苦手意識があるだけだと思う。ナショナルチームで、色んな指導者から話を聞くなどすれば、克服できると思う」と、話した。
 

 組織で人材を育成する。

 組織による人材育成とは、分業化して専業性を特長として人材の育成を担うのである。マラソンという「独りで走る」人材にも、専業性に卓越した経験値を持ったコーチや監督が懇切丁寧に指導するのであろう。しかし、今回の「20キロ地点」の変更は、このプロ級の組織人にも経験値が無かったのではないだろうか?

 組織人として鍛錬されていれば「20キロ地点での飛び出し」はコーチの指導を無視した無謀な挑戦になったと言及されても仕方あるまい。しかしこのランナーには、「自ら考え・自ら実行」する英断(結果的には)に挑戦したいとする熱意だけで決断することが出来たようだ。

 「組織で人材育成」も、団体競技種目や個人競技種目などと分別しての育成手法が考えられないだろうか?育成すべき人間を「自らの考えを抑える」状況下に追い込む様な促成栽培には限界があることを熟考すべきである。痛感させられた2時間余りだった。

管理主義による管理体制での人材育成には限界があることを思い知らされた。小生の『人材育成哲学』の確立に拍車が掛かったぞ~!!

 

※事務連絡  ●今日から県外への出講です。暫くの間、またまた当ブログは休刊です。お許しください。  ●お待たせしました!遅れていた11月22日の「学校訪問記」を 新ブログ【寸心紀行】(右欄の該当項目をクリックして)にアップしました。遅くなってしまったことをお詫びいたします。
 
 
 
 
 

2013/12/02

『警鐘』らしき情報を受け止めて考える

 友人からの情報を得た孫たちから小耳に挟んだ情報を真剣に受け止めている。

 年齢の正確さは不明ではあるが、孫たちの友人の「お祖母ちゃん」の話題が立て続けに上った。「〇〇のお祖母ちゃんが転んで骨折したんだって・・」との情報を聞いた老妻は、「お見舞いをどうしましょうか」と小生に問い合わせた。1週間も前の話である。仕事で広島に行くので「お土産」を買って来るからそれを持参してお見舞いに行けば大袈裟にならずに良いのではないかと応えておいた。

 広島からのお土産としてお見舞いに行って来た老妻が、トイレに歩くのも儘にならぬ容体だと聞いて来た。同家に遊びに行っていた孫が帰って来て、持ち運びできるトイレを買って来て置いてあったよ、と次の情報を届けてくれた。

 遊びにやって来ていた次男孫の友人が帰り際に、「お祖母ちゃんが退院して来たので、早く帰ります」と発した言葉に、老妻は更に衝撃を受けたようだ。窓越しに確認していたが、こちらは病気のための入院だったようだ。

 こちらに転居して親しくなった「お祖母ちゃんたち」である。孫の友人を介してのお付き合いが始まって老妻も嬉々として談話の機会を創っていたので、降って湧いたような連続する2本の情報に少なからず衝撃を受けたのだろう。

 「警鐘だよ」と、小生が言葉を発しても反応は薄かった。

 「明日は我が身」とばかりに用心して、動かなくなってしまっては、老化は一足飛びに襲ってくるだろう。適度の運動も必要であることは意識しても、肝心な意欲と身体の老加速度がミスマッチではどうしようもない。

 そんな事を真剣に考える時代の到来である。
 
 
 
 
 
 

2013/12/01

「加齢する証」は、1年が早く過ぎ去ると感じ入る時?


  この数週間、いや今週も含めて未だ「要務」が残っている。

 器用な人間ではないので、時として(他者には理解されていないが)苛立つことがある。それは、思った通りに24時間を使いこなしていない自らの力量不足が主因である。自らが最もよく知っているからでもある。

 11月26日 茨城県古河市(PTA主催・講演)

   27日 神奈川県茅ヶ崎市(民生委員・研修会)

   28日 広島県広島市(校内授業研究会)

   29日 広島県広島市(指定研究校・研究発表会)

 と、ジェイアール愛顧者として地面を這うようにして東から西へと長時間を掛けて移動する旅人でもあった。移動の時間に脳味噌をぐちゃぐちゃにしながら(笑)、次のステージの準備のためのカセットを取り換えるのは、まさに悪戦苦闘の4日間だったと言える。全ての会場で対象と場面が違うので使用する言語(原語)が根本的に違うことになるからである。

 そんな状況下で、爽やかな風が吹き抜ける出会いがある。老け行く脳を(チョッピリだけ)活性化してくれるものが、なぜか登場してくれるから嬉しいのである。月刊購読誌ではないが、異業界の闘士を揺さぶり続けるとして当方が認知しているモノが目の前に、決まって登場してくれるのである。広島駅新幹線口の書店は、訪広(=広島訪問)の折りには必ず足を運ぶ。立ち読みをしながら山陽線や可部線を利用する時の待ち時間を潰すには格好の場所である。

 当ブログでも何度か登場している月刊誌(【写真】)を手に取って活字を幾つか追いながら「労脳」(=使用しないようにと苦言も戴くが)に『喝』が入った。詳しくは、後日触れることになるだろうが、外気の木枯らしの冷たさとは違う冷たくも刺激的な風が吹き抜けたことは確かな事実である。

 悪癖も顕在であった。1冊余分に購入するのは「読ませたい人物」のためである。この1冊(¥550)の投資が何十倍にもなって職場を活性化させると期待するのであるから、対象者も迷惑だろう(笑)。

 旅先で「疲労困憊」の古希の全身を活性化してくれたことに至福を感じながら今朝もいつも通りの「定刻起床」である。溜まった雑務に追いまくられる師走・元日になるであろう。「今年もあと1と月か!!」と悲鳴を挙げながら、頑張る事にしましょうかね!
 
 
 
 

自己紹介

自分の写真
1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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