2013/05/09

「田んぼ」の周囲の様変わりに季節の移ろいを感じた朝です!



 今朝も「冷え込み」を感じながら定番コースを歩いて来ました。写真は、3時間遅れで出発した昨朝の風景です。太陽の位置が通常とは比較にならない程高くなっていました。田んぼには、農家の人たちの姿もちらほら見えました。3時間の時間差で、「見える」風景がこんなにも違って来るんですね。
 田植えの準備が整った田んぼの周囲が、「田植え歓迎」を伝えるかのように幅の広い畦道と路肩の余地に育てられた花ショウブが鮮やかな色で顕在しています。シラサギも餌を探しているようですが、整地された田んぼには期待を満足させてもらえ無さそうでした。
 隣の田んぼでは数羽の鴨の群れも泳いでいました。

 確かに季節は動いているようです。

2013/05/08

「見てはならないもの」「見たくないもの」を見てしまったら?


 

 昨日はほぼ終日の日程で「恒例の鍼診療日」でした。

 「孫守り」との日程調整で思うような日程が組めない場合もありますが、診療師のお気遣いに甘えつつ1と月2回の診療を確保しています。孫たちが通う小学校の「家庭訪問週間」と重複してしまい頓挫してしまいましたので、久しぶりの老夫婦の診療の旅でした。

 車社会の現状でも、更に若者たちの車離れ(=公共交通機関の利用)の情報を得たこともあり社会は常に「変動制」であることを強く意識したばかりです。

 JR八王子駅で、中央線の『特快』電車に乗りました。

 日によって車内の混雑状況は異なりますが、老夫婦の診療後の時刻では未だ混雑と言う表現が不似合いの状況です。しかし、少し離れた位置に老夫婦の席となりました。ヒンヤリとする車内温度でした。老妻のバッグに入れある上着を受け取りたく未だ動かないのを利用して立ち上がって移動しました。老妻の隣の席に座っておられた若い女性が、スーッと立ち上がり「ここにお掛けください」と、小生のリュックの置いてある席に移動してくれました。

 中央線ではこんな厚意に接することが多いのを老夫婦は知っています。席を譲られて、思わずわが身の加齢に烙印を押されたかのようなダメージを受けた体験も数年前ぐらいから違和感として受け止めることも無くなりました(笑)。

 立川駅で下車する若い女性に、小生は帽子を取ってお辞儀をしました。笑顔で降車する、わが娘よりお若い女性の行為に昨日も感激しました。

 ところが、上野駅発の常磐線が発車した車中で、中央線で戴いた厚意が帳消しになってしまうような光景を目の当たりにして見てしまいました。主役たちは男子高校生でした。最近では珍しくなった愚行です。

 常磐線では珍しく車内が混んで来ました。

松戸駅辺りから始まった高校生の愚行は、取手駅までの30分近くの車中での携帯電話での音声交信でした。連れの高校生たちは途中駅・我孫子駅で下車しましたが当人は下車しませんでした。都内の高校生であることは分かっていました。現状の車内では「無言での交信(メールでの送受信)」が主流であり、他人に迷惑を掛けなければ不愉快な感情などには追い込まれなくなっています。

 混んでいるので一部始終が手に取るようにわかる行為ではありませんが、不愉快な形相に変わる乗客も多くなったことは確かでした。

 突如、男声の一括する言葉が耳に届きました。恐らく隣席から注意があったのでしょうか。正しいモノが正しいとして通用しない世の中の縮図を見た思いでした。大声(とも思えない)のどう喝の瞬間、車内がシ~ンとしまい息を殺すような光景に『現代社会』を垣間見た気持ちでした。注意したオトナを殴り返して大事件になった情報を知らない人はいません。張りつめた車内も乗降客の激しさで次の駅でまた乗客の新陳代謝です。何事も無かったかのように降車して行った高校生を動き出した車窓から確認する乗客のひそひそ話声が耳に届きました。
 世代の違いの問題ではありません。「育っていない」格差が証明されました。老輩としての細やかな期待は「負の再生産」が無いことを祈るばかりです。

2013/05/07

歩禅記は、今日は休刊します。

右下の枠欄に 『新ブログ 寸心紀行』 があります。
教員向けに創作しているブログですが、立場に置き換えてお読みいただいてもご理解できるモノと意識してアップしています。
 一度、覗いてみてください。クリックするだけで開きます。
 長年親しんでいる当ブロガーとは違い、使い勝手にまごつきながら運用中です。いずれは二つのブログを統括して新ブログ1本にしたいと考えています。お時間がありましたらお手数ですが『寸心紀行』にもお立ち寄り願います。
 今日は、鍼診療日で東京・八王子まで出かけます。ほぼ一日掛かりです。
 

2013/05/06

清楚な朝の空気に尺八の音色が冴えわたっていました。

この画面がアップ機能で見られるとはっきりわかりますが、このままでは情景描写をしない限り当時の様子は覗い知れませんよね。

 今朝は少し遅く(10分遅れ)の出発になりました。
 湖面はいつものように朝陽を受け止めていましたが、湖面も下がり葦の丈が伸びたのかと疑うほどになっていました。周囲の田んぼが「水田になるため」の水量の減少だとわかります。季節は確かに田植えを待つ頃になったようです。

 
 
 
 
   湖面が見える場所まで辿り着いて静かな湖面方から音色が耳に飛び込んできました。
 尺八の音色だと直ぐにわかりました。歩き続けて音色の音源地(?)まで到達しました。分厚い楽譜(と言うのでしょうね)を開いて、一人の男性が顔と全身を揺るがしながらきれいな音を出しています。音色が途切れたら声を掛けたいと思いましたが、途切れることのないお稽古の邪魔は出来ないと断念して対岸まで歩きました。

 対岸の方までも音色は聞こえていました。
 デジカメを向けましたが、自前のカメラではアップしては映ってくれません。その1枚がこの写真です。湖面を離れてもかすかに聞こえている尺八の音色には心和む思いが未練と変わりました。和楽器の音色が大好きな小生です。

 最終勤務校では、自ら作詞をして和楽器で演奏する「緑小音頭」という民謡の曲作りに取り組んだほどです。ボランティアで請け負っていただいた池上さん(茅ヶ崎市在住の琴演奏家)には今でも感謝の気持ちで一杯です。そんな思いまで今朝は心情が達して満足な歩禅でした。(05:10~06:05 6500歩)

2013/05/05

『端午の節句』と『桃の節句』は、子どもの頃のファンタジーだった!



 親しい大学の教授からの急な要請で東京まで行くことになった。

 この時期(学校の年度納め・始め)は当方は飽きるほどの時間にゆとりがある。数日前に親しい大学教授から「ヘルプ」メールが届いていたので、孫守りが本業の現時点では対応できるかどうかの即答をしていなかったが、昨夜の電話で、「現時点で祖父ちゃんの用無し」がわかっていたので対応することにした。

 久しぶりの常磐線の80分間の旅。

 ミニトリップの伴は「単行本」である。
 注文していた3冊の本が昨日届いた。その1冊をリュックに入れて電車に飛び乗った。確実の座れる電車で有難い。『この国は原発事故から何を学んだのか』(小出裕章 著 幻冬舎ルネッサンス新書 ¥838+税)を開いて読み始めて、車内アナウンスの「間もなく、終点・上野駅です」に我に返る程に集中していたのである。

 感動と言うべきか自己責任への言及と言うべきか、時間の経つのも忘れて、時として瞼を熱くして読みふけった。

今日は子どもの日である。
 
著者が一貫して論究している「オトナは子どもに対して責任を負うべきだ」が強く出ているホンの一部分を以下に紹介しよう。 著者が京都大学原子炉実験所助教授でありながら、「原発反対」論者であることに注目をしたくなったのである。
 

           4 子どもたちを守るために(一部のみ)

    安全な食べ物は存在しませんが、できるだけ汚染度の低いものを

 内部被曝で最も問題となるのは放射性セシウムで、この物質が日本全土にわたって拡散
していることはすでに説明しました。図11は、セシウム137がどれだけ土壌を汚染して
いるかを全国的に調べた結果です。白い部分かありませんね。
 また、海や川、湖の汚染も深刻です。2011年11月にはい福島県いわき市沖海底で捕ったヒラメからIキログラム当たり4500ベクレル、福島第一発から190キロ離れた群馬県の湖のワカサギから1キログラム当たり500ベクレルを超える数値が検出されました。関東圏も安心できません。川から流れ込んだ放射性物質が東京湾に蓄積し、23年後には汚染が本格化すると言われています。それを裏付けるかのように、2012年4月には、荒川の河口付近の海底土を分析した近畿大のチームが、1立方メートル当たり7305~2万7213ベクレルのセシウムを検出しました。海はつながっていますから、日本近海のどこで獲れた魚からも放射性物質が検出されるようになるのは時間の問題でしょう。
 つまり、日本にはもう、安全な食べ物はないという状態に追い込まれているのです。
繰り返しますが、人間は放射性物質を完全に消す技術は持っていません。でも、食べな
ければなりません。だから、せめて放射線感受性が高い子どもたちには、少しでも汚染度
の少ないものを食べさせたいと思います。
 肉類は、動物の場合も体内の毒物は肝臓に集まりやすいので、レバーやハラミは避けた
ほうが無難かもしれません。キノコ類はセシウム137・・・・・・

2013/05/04

「独り言」は、聞こえたり聴き取れたりした人は気持ち悪いんでしょうね?

 

 早朝歩禅は、今朝は単独行動になりました。

 勝手なネーミングの好きな小生は、『独り歩禅』と名付けました。日常的には同伴者がいますので、歩禅は対話が弾みます。控えめな性格の老妻はすれ違う散歩人を意識するとピタリと口が閉じます。能天気な老夫は、所構わずに通常の音量で喋りかけます。このアンバランスは絶妙です(笑)。40年以上も寝食を共にしている「夫婦」ならではの日常的行動の延長線上に存在します。

 同伴者のいない『独り歩禅』は、独り言のオンパレードです。

 田圃に水が入って来ています。まだ行き渡っては居ませんが水田の準備が進んでいました。数日後には立派な水田に変わるのでしょうか。そして、田植えが始まり季節の大転換となります。水田に水が入って来ている部分に太陽光が注ぎ始めた早朝5時過ぎの田園風景を見詰めながら、
独り言は続きます(笑)。それは農家の三男坊の少年時代の田植え前の思い出でした。水の入った田圃に水稲の苗を運ぶ役目を仰せつかった三男坊は、「いかにして楽をして運び込むか」を考えていました。苗が置いてある木箱に縄を付けて田圃の中を引っ張り出そうと企みました。
 浮力と抵抗を考えました。次兄はまじめな性格でしたのでノルマの苗を箱に入れて畦道を運びました。三男坊の方が速く運び終えました。誇らしげに報告する三男坊に叔父は苦言を呈しました。これから植え込む田圃に足跡を付けたら田植えが巧く出来ないことの主旨でした。ただ単に任を果たすことと農作業の本質の違いを理解しないままにオトナになってしまいました。

 『独り言』は謝罪一色になります。言い訳にも似た独り言など「煮ても焼いても食えない」モノですが、独りで歩く早朝のコースは最良の機会です。謝罪したい相手はもう誰もこの世に生きていません。それでもスッキリするのですから、「変人」は古希を迎える年齢になっても治っていないことなのでしょう(笑)。

2013/05/03

5月になると、各種『税金』の納税通知書が届きます。

 

 今年も管轄行政の「資産税課」から通知書が届きました。

老妻が相続している義父母の不動産(熊本県八代市)に関する固定資産税の納税通知書も届きました。今年の1月末に「買い手」があり、不動産は他人名義になっていますが、1月1日現在では老妻の名義でしたので納税通知書はこちらに届きます。承知していました。不動産の評価額をしみじみ眺めてみると「土地の値段」の格差に愕然としてしまいます。

 昔流に言えば「1坪(3.3㎡)当たりの単価」に、九州と東京近郊との格差の大きさには「元気がなくなる」思いがしてなりません。故郷にある「安い地価の土地」をそのまま切り取って首都圏に移動で来たら??なんて、常識の尺度では測る事も出来ない妄想すら発生してしまいそうです。

 間もなく自動車税も納税通知書が届きます。

 ガソリン代は別問題としても、「車社会」の恩恵を考えれば納税することは当然至極です。小生はまだ、茅ヶ崎市在住で使用していた軽自動車をナンバーもそのままにして使用しています。先日、筑波山の駐車場であh数名の観光客に、「湘南から来ている人もいるよ」と車に指を差されました。改めてナンバー交換をしていないことを再確認してしまいました。

 国民三大義務の一つ、「納税の義務」を果たすことにいたしましょう。

 

 昨日の早朝歩禅は小雨の為に中止しましたが、今朝は大丈夫でした。きれいに咲いた藤の花が藤棚を豪華にしていました。その向こうに筑波山も見える早朝の爽やかな歩禅(4:50~5:45 6400歩)でした。

自己紹介

自分の写真
1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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