2009/10/27

しぶ~い「柿」の思い出


10月27日(火)   晴(6:00)
 うっかりすることが多い。
 「台風が日本列島に向かっていたのか」、とまたしてもうっかり。先般の台風は襲来前からの報道も大規模だったので「国民的意識」も高揚していたのではないかと、自らの軽率さを慰めている。昨日は終日の強雨。予定していたスケジュールも全てが為せなかった。
前回の台風と言えば、妻の従姉が住んでいる知多半島に上陸して北東に進路を向けたので愛知県豊橋市周辺は相当な打撃を受けたとの情報を得た。直後に新城市から設楽町への出向した折り、関係者からの説明があったからだ。収穫前の農産物には台風は「招かざる客」である。少年時代過ごした九州の故郷では、台風ごとに悲惨な爪痕を見せつけられたモノだった。
そんなご苦労の農家の「作品」(写真)が、昨日茅ヶ崎の自宅に届いた。予告は頂戴していたが、立派に実った「次郎柿」が鮮やかな柿色で眼に入った瞬間複雑な心境になってしまった。実は、殆どの果物が好きな小生も、大好物が柿なのである。以前、豊橋市の学校を訪問した際、給食の後に特別デザートとして振る舞われた柿の美味しかったこと。豊橋地方の特産品であることも知らずに本音を語ってしまった。失言が、今回このような状況下で届けさせることになってしまったからである。
柿には子ども時代の思い出もある。悪戯とは無縁の少年が初めて他所様の庭先から美味しそうに見えた柿を一つ盗んだ(柿どろぼう)。運良く見つからずに藁小屋の陰で食べた。その渋さは夕食の味までわからないほど長時間口内に佇んでくれた。あの苦い思い出(笑)は忘れない。誰にも語っていないしぶ~いお話し(時効)!!

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自己紹介

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1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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