2010/12/31

老妻からの暮れの『贈り物』

 ~しみじみと実感~
 昨日の午後。老夫婦は久しぶりに揃って歩禅に出向きました。行き先は妻が購入したいという本を手に入れるための本屋さんです。
 お目当ての本は無かったようですが、妻が手にしていたのは1冊の単行本でした。「これ、読んでみましょうよ」と差し出しました。それは小生の好きな作家のお一人である曽野綾子氏の著書でした。

 よく「日本は経済大国なのに、どうして豊かさを感じられないのだろうか」と言われますが、答えは簡単です。貧しさを知らないから豊かさがわからないのです。今日も明日も食べ物があって当然。水道の栓をひねれば、水が飲める。飲める水を使ってお風呂に入り、トイレを流している。昔は日本人も水を汲みに行ったりまきを取りに行ったりしましたが、今ではそういう生活が当たり前になった。もともと人間が生きるということはどういうことかを全然知らない。おめでたい老人が増えたのです。(「老いの才覚」本文より抜粋)

 帰宅直後から読み始めました。
 階下から「ご飯ができましたよ」と老妻から声が掛かるまで没頭して活字を追ってしまっていました。ほぼ読破した状況です。忙中閑あり?晦日の夕暮れに「おめでたい老人」がここにも生存していることを自覚してしまいました。しみじみと実感。
 妻も自分で読みたいと思って選んだのだろう、とは分かり切っていましたが、小生は、この素直な実感を抱きながら、妻から夫への暮れの『贈り物』だと考えてしまいました。決して厭味での贈り物ではないことぐらいは百も承知です。何とも言えない「綾子節」の文章に切り刻まれた気分になってしまいました。しかし、なぜか嬉しい「切られ方」なのですから、著者の運筆力の迫力なのでしょう。
 小生は、日課になっているNHKラジオ深夜便の新年号を求めました。そして、もう1冊。それは、先般襲来の豆台風の一人が「詩」を書きたいと言っていたので、大好きな谷川俊太郎氏の作品を購入して帰ってきました。「お年玉」として、郵送しようと考えているお祖父ちゃんですが、勿論、お祖母ちゃんも同意してくれました(笑)。
 師走も、今日は大晦日。
 故郷の九州では積雪だとの情報をラジオが教えてくれるまだ薄暗い朝です。読書を終えた直後の満腹感は、やっぱり病みつきになります。一種の病気?(=自認)
 明日は2011年元旦。小生のHPでも1月号の「イチオシBOOKS」が掲載されます。コメントの形式を少し変えました。本の選択は、相も変わらず「独断と偏見・偏向」によるイチオシBOOKSです。ご理解の上ご参照願います。
 今年もお世話になりました。新年もHP同様にこのブログもご愛読くださいますようよろしくお願いいたします。皆様にとっても新年が良い年でありますよう心よりお祈り申し上げます。
 

2010/12/30

慌ただしさの中「静寂」を求めて・・・

 ~暮れの大掃除中に読書!?~
 未だにそうなんですが・・・。
 と言っても何のことかわかりませんよね。実は、少年時代から変わっていたんです!と言っても、今の小生を知る人は誰も驚いてくれません。十分に変わった姿を見過ぎたからですかね(笑)。本人はいたって通常の神経だと思っているんですけど・・・。
 それは、少年時代に遡ります。師走になると家族の皆が、何だかピリピリしてとげとげしかったことを思い出す。家人の一人として、大掃除の担当分野がありました。定番は馬小屋の掃除と納屋の周囲の整理整頓でした。父親が出征して戦死しても農業は細々と母と祖母が続けていました。父が存命中の名残は馬小屋でした。小学校に入学した頃まで飼っていた馬もいなくなっていましたが、馬小屋はそのままでした。馬がまだ居た頃、藁を敷いたり、取り替えたりする長兄の手伝いをするのが楽しかった。時には馬入川という小さな川に、馬の背を洗いに鞍無しで兄の前に座って馬に乗って行きました。遠いセピア色の思い出です。
 そんな光景を思い出すのが暮れの大掃除の時だけとなったのは中学に入学する頃まででしょうか。農業の規模は年毎に減って、小生(末っ子)が高校を卒業する時点では非農家になっていました。それでも馬小屋も納屋も壊されずに残っていたので「暮れの掃除」分担域は生家に居た間は変更はありませんでした。要領よく(手抜きをしながら)早めに掃除を終えた後の時間に楽しみがありました。冬休みに入る前には、学校の図書館から必ず3冊の本を借りていました。そして、大事にこの日のために家人にわからないように隠しておくのでした。納屋の周りには昔ながらの藁が積んであり、その日溜まりの温もりは今でも忘れられません。大掃除の出で立ち(服装だけは家人並み)で、持ち出していた本を開くのです。
 兄や姉たちが呼びに来るまでの「束の間」の時間は至福の時間でした。
 しかし、本を読んでいたことがわかったら袋だたきに遭います。警戒心を失うことなく気配りをしながら読書に耽る楽しさは今でも続いているのです(笑)。三つ子の魂百まで?昔取った杵柄?なのでしょうか。
 忙しく時間が流れるときに、妙に落ち着いたり、緊張感との背中合わせの時間に奇妙なほど沈着だったりするのも他者から見れば十分に変人たる証になるそうです。緊張のど真ん中に入ると落ち着いてしまうのも我ながら不思議な人種と思えるのですから、やっぱり変でしょう?
 今日は晦日。明日は大晦日。
 忙しい季節が来ると、その喧騒の中で読書がしたくなる。ご参考までに・・・今日明日で読みたい本があるのです。ご紹介しましょう。今、このパソコンの直ぐ脇に積んでありますが、その内の二人の著者を紹介します。多田富雄氏と鎌田浩毅氏です。数日前に、注文していた本が届いたのでもう、師走の忙しさも喧騒もこの「深い思い(?)」には勝てないでしょう。 =師走の「変人記」から=

2010/12/29

昨日が「仕事納め」?

 ~仕事ではない「お仕事」~
 孫台風一過の冬空は相当冷え込んでいます。
 閑かないつも通りの老夫婦の時間が復活です。元気な孫達に振り回された3日間は時計の針を確認する時間さえありませんでした。腰や肩の疲労通は今朝はまだ大丈夫(!)。そうです、数日後に顕著になることは十分承知しております(笑)。つまり、元旦辺り??でしょうね。
 新年早々の仕事の準備に取り組んでいます。
 ご案内の研究会は、今を遡ること5年。
 2005年8月、ちがさき『響の会』主催の「会社経営に学ぶ」という経営者訪問で旅を一緒にしたのが、この小学校の校長先生です。当時は他の小学校で教頭職だったと記憶しています。道中、ずっと話し込んでしまったほど熱心で、聞き耳を持っている校長先生です。その後、現任校に栄転されました。その直後から学校訪問が始まり、専門家でもない小生に「国語の授業」についての指導を要求されて悪戦苦闘の数年が流れました。
 小生の授業論は「国語指導」だけに焦点化しているのではなく、「授業論」の本質をこの小学校の先生方に説いただけです。喋りすぎる教員の特徴を揶揄しながら、いかにして学習者の意欲を喚起するのか、学習者の本音をどのようにして拾い上げるのか等々について一緒に協議して来ました。
 校長先生としては、先生方の成長ぶりに焦燥感がおありのようです。指導しているサイドから見れば心配には及ばない現状です。一人一人の先生方のそれぞれの努力は素晴らしいモノがあります。渦中にいると中々見えないモノです。見えないところを外部の参加者の皆さんから指摘していただくのが公開研究会ですからね。
 小生の基調講演は、「国語の教科指導」にだけ焦点化をしていません。どんな教科指導にも当てはまるような展開を考えています。お時間の都合が許せば広島観光も兼ねてご来校下さい。会場でお会いできることを楽しみにしています。

2010/12/28

「育つ」ための育て方

 ~頷ける育成法~
 お勉強ができる子。
 まるで人生の金字塔でも建てたかのようにもてはやされた時代が学校教育界では続いたような気がする。日本語には「頭が良い」という表現があり、この現象を裏付けている。また、通知表という印籠には「オール5」という名目も燦然と輝いていたことをご記憶にあるだろうか。文武両道という金言もあったような気がする。
 速いだけ、強いだけでは駄目。おごらず、天狗にならないことを学ばなければ、社会で通用する人間にはなれない。
 頭が良いだけでは駄目。お勉強の成績が良いことで威張ったり、友人を蔑視したりするような人間が社会で通用するようではその社会は必ず没落する。
 こんな風に言い換えながら読んでみたが、いかがなモノだろうか。
 立派な功績を残す人物には共通性があるようだ。上岡氏にも言える。その1つが「親(師)への感謝」である。最後の文言には胸が熱くなった。人生って、そんなモン?なんて言ったら氏に怒られるかも知れないが、凡庸な小生すらそう思うのだから多くの先哲は同意されるだろう。親や師から受けた恩を忘れずに今日を生きることが「大事を成し遂げる」ことにつながることを再認識させられた。育てることに長けているいる人物には、もう一つ共通点がある。それは「変わらない哲学」ではないか。ここでは「意地」とでも表現しておこう。それは長距離陸上界で常識になっている「外国人留学生」を活かしての制覇である。そのことへの「意地」なのである。「留学生に頼らなくても勝てるということを見せられた」と言う氏の言葉が何よりの証である。(排他的ではないことぐらい読者の皆さんもおわかりですよね。) 
 
 我が家の豆台風群団は、居心地をもう1泊延ばすことになったらしい。
 迎えに来る筈の両親が「仕事の都合上」から明日になってしまうとの一報があったようだ。「やったぁ~!!」と叫ぶ声も聞こえる。ご滞在が24時間延びたと言うことは・・・。老体に「あと一鞭」入れるようだな。第4コーナーに差し掛かったところで、「あと1周」と言われれば鞭を強く入れるしかないではないか。
 子供達は懸命に生きている「親の背」を、見ていないようでみている。親たちが暮れの暮れまで必死に働いていることは、子供達には今はわかるまい。しかし、必ず分かる日がやって来る。「こっちは心配しないで、頑張りなさいよ」、と娘に語りかけた老妻の「心声」は届いたことだろう。
 親孝行 したい時には 親はいない。
 小生にももう両親はこの世にいない。結局、親孝行の真似事もしてあげないままに逝ってしまった。上岡氏の「それだけが心残り」と言う思いは、自身の生き方に更に強い絆として残ることだろう。
 

2010/12/27

師走に「豆台風」襲来!

 ~孫の寝顔で「親業」反省~ 
 昨日の正午前。
 東京駅で「引き取り」(笑)を済ませて、東海道線で茅ヶ崎駅へ。孫二人の「師走の豆台風」がやって来ました。老夫婦のいつものゆったりとした時間の流れが急変しました。5歳と9歳の姉弟だけで、親元を離れて母親の実家にやって来るようになって2シーズンが経ちます。夏と冬の長期休業中の年中行事となっています。訪問の度に「成長する」人間の生き様を垣間見ることに自省の念が走ります。今冬も、昨夜、孫達が眠った後の「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの対話」の主流は、子育て時代の親業の反省ばかりでした。「火中の栗を拾う」状況下での親業。親になった息子や娘の言動を観るにつけ、自省の念は止むところを知りません。
 「子育ては失敗ばかり。人間は親による子育ての失敗作品。・・・」
 これは、子育て講演会等の講師をお引き受けする場合の自己暗示の台詞となりました。失敗作の代表が己であることを意識しつつ、(自己弁護ではない)我が子育ての至らなかったことをストレートに表現したまでなのですが、どこの会場でも聴講者の皆さんに妙に受ける言葉になってしまいました。
 親だけで子どもを育てる?
 それは親という未熟な人間の傲慢とも言える「子どもの私物化」なのです。おむつパンツが必要だった孫息子が、いつの間にか「お祖母ちゃん、もう、パンツおむつじゃないよ」と言い出した夜は、祖父母にとっては心から幼児の成長を確認できるのです。たったそれだけのことで?と母親が叫びそうな光景が浮かんできます。そうだよ!「たったそれだけのこと」の積み重ねが成長を司るんだよ!!たったそれだけのことが出来ないまま、おとなになってしまったらとんでも無いことになるんだぞ・・・・。とは、祖父ちゃんのアドバイスの一言です。
 5歳になった孫が幼稚園教育で学んでいることが(渦中の親には見えなくとも)祖父母には感動するばかりに見えて、しかも十分に理解できるのです。
 寝顔を覗き込むと、瞼が熱くなります。
 それは、三人のわが子達への親としての懺悔です。霧中の中で「葛藤との闘で子育て」をしていた若き親業の日々が浮かんでくるからです。祖父母と絡みがあれば、もう少し手も、息も抜けて子育てが出来ただろうに、と反省しているのです。わが子の祖父母は遠い九州の地でした。典型的な核家族社会での家庭教育だったからです。
 しかしながら、幸せにも地域にも恵まれ、叱っていただいたり感激を共有していただいた隣近所の方々と、先生や友人にも恵まれていました。第三者の教育力をふんだんに戴いてわが子達は成長してくれました。感謝・感謝の人生は今も続いているようです。
 「おはようございます」と起きてきた二人の「宿泊人」との、今日の一日が始まりました。
 

2010/12/26

やっぱり、気になる!

 ~日本列島を襲う「心の病」~
 日本人魂。
 それを語るほどの人生を過ごしてはいない。しかし、「ボロは着てても心は錦・・・」と歌詞にもあるように、少々の貧しさや苦しさは跳ね返しながら鼻歌でも歌う民族。それが我が敬愛する先祖。苦労しながらも自らを鼓舞して逞しく生き抜いて来た日本人が、どうして?やっぱり気になる。この新聞記事は「公立校教員」に限定されたデータである。しかし、傾向は「どこを・誰を対象にして調査しても」同じになるような気がしてならない。
 モグラたたき。
 そんなゲームがある。出てきた対象物を叩いて引っ込めさせる。次から次へと対象物が現れるとそれだけに焦点化して対処する。これはゲームなので長い時間を楽しむのには格好のモノであるが、これに準じて世相を考えると「モグラたたきゲーム」式で対応していたら、問題点の解決策になるどころか続発する問題への対応には際限もなく、力が尽きてしまうだろう。専門家は「対症療法」と言う。対症療法では根絶は不可能だと考える。
 この調査結果で「職責が重くなることに加え、体力の低下から自信をなくす例が多かった」という文科省のコメントが世相を反映しているのは頷ける。一方では、既に十数年前から、「小中学生の体力増強」に力を入れる国家体制としての対応が始まっていることには拍手を送りたい。現在の教員の体力増強に力点を設ければモグラたたきである。50代以上のデータが高いと言うので気になる。50歳と限定して歴史を遡る。1960年・昭和35年誕生である。その4年後に東京オリンピックという「経済大国への足がかり」になる日本の経済大転換期が待っているではないか。労働者は、働けば働くほど給料が増えた高度成長社会である。その流れの中で成長してきた世代である。全国に団地が建ち、親たちは「一戸建ての住宅」でわが子と暮らしたいために、わが子を「鍵っ子」にして朝から晩まで働いた時代ではないか。成長時期の背景を追究してみるとゾッとすることが多い。
 決して50代・後輩諸兄の親世代をを責めている訳ではない。
 どんな人にも育ちには「時代背景」が付いて回ると言うことを述べたいだけである。この新聞記事が「生後50年経てばこうなる」というデータであるとするならば考えたいモノである。「国家50年の計」でも良いではないか。今年生まれた赤ん坊が50年後に「こんな生き方が出来るように」と、企画立案して一刻も早く取り組まなければ時間が経てば経つほど国民の育成が後手に回る、と言うことになる。経済成長だけでは「人は育たない」。経済成長より「人間としての心の豊かさ」を追究するような発想の転換を急ぎたい。金や物が無くても人は何とか育つ。終戦直後の貧乏時代を過ごしても育った子ども(小生)がここにいる(笑)。
 この種のデータの公開に感謝しつつも、「やっぱり、気になる!」のは、小生だけではないだろう。

2010/12/25

うっかり!新聞記事を見落として・・。

 ~凄い!!の、ただ一言~
 妻に急かされて床屋に行った。
 明日から千葉の孫群団が来るというので、妻は早めに個人的な雑用は済ませておいて欲しいらしい。9時開店の床屋までは徒歩15分。新聞回収の準備をして外から戻ってきた妻の報告では気温も低く寒いらしい。「歩くに限る」と決め込んで朝刊を読んでいた。注目する記事も、「ある時はある」(笑)もので、すっかり読み込んでいると、「時間ですよ!」と階下から妻の声。上着を羽織って歩き出した。
 仕事リズムでは「床屋行き」を急かされることはない。
 今は小生は農閑期(?)。少なくなった髪の毛に注目はない。ついつい無精髭も生えてくる。周囲は決して爽快ではないことぐらいはわかっているのに無精になってしまう。明日から仕事?そうです!可愛い孫群団の介護(?)であります。それにしても祖母ちゃんの甲斐甲斐しさには舌を巻く。一昨日から布団を出して干し始めているではないか。凄い!の一言。祖父ちゃんにはその類の生命力は御座いません(笑)。
 床屋からの帰路。藤沢市野球協会のトップと立ち話をした。彼の自宅の前である。洗車をしてしている彼と目があったからである。と言うよりも、彼から「凄いですね。45歳での活躍は・・・」と、教え子の山本マサの契約更改についての声が飛んできたのだ。「今朝の新聞を読みましたよ」とのこと。ドキッ!!丹念に新聞を読んだはずなのに・・・、と。
 帰宅して慌ててスポーツ欄を開く。
 視線というのは不思議なモン。その隣のフィギュアスケートの選手の記事は丹念に読んでいながら数㌢横の、「肝心な記事」(笑)を読み落としていたのである。すぐに、本人にメールを送信した。返事は戻ってきていないが、その内に反応はあるだろう。
 時代の高齢社会には介護等の温かい支援がある。しかし、スポーツ界での「高齢者」には容赦はない。そんな弱肉強食の世界で、この高齢まで第一線で活躍できることは「凄い!!、の一言」である。来年もまたシーズンが始まると身の置き所がないほどに気になる時間が待っているようである。
 これって幸せ?ですよね。そう思いつつ、読み落とした記事(笑)を皆さんにもご披露いたしました。(マサには内緒です!)

2010/12/24

子どもは「金で」育つ?

 ~児童養護施設の苦悩~
 子ども手当の「支給目的」が解せないままに・・・。
 我が5人の孫達もその恩恵を受けているようだから、祖父としての見解にはズレがあるかも知れない。しかし、単なる「日本人として」の子育て論に立てば、この財源の捻出を考えても不思議で仕方がない。事業仕分けとやらは、税金の無駄遣いを追究して、その必要性から誕生した業務だったようだ。異存はない。寧ろ大賛成であり、以前の政府が出来なかったところに着手した点で、「政権交代」に大きな拍手を送ったものだった。
 この新聞記事を読みながら、勤務校の学区に2つの児童養護施設があったことを思い出した。親との縁が薄いと言うのか、親としての義務を放棄した(せざるを得ない)大人たちから委ねられた子供達が大勢で通学してきた学校だった。健気に生きている様子を見るに付け心が痛んだ。安っぽい同情は禁物とは言え、やはり親心から同情してしまったことが何度もあった。必死になって子供達と一緒に生活指導に取り組んでおられた関係職員の様子が浮かんで来た。補助金という名の「使い勝手の悪い」役所文化に残る前代の遺物が、ここに来てまだ頑なまでに現存するのか!親に替わって子供達を育てている機関には、それなりの援助は必要であることは当然のこと。ところが有効活用が出来ない。こんな理不尽な事では福祉機関の存続も危うい。
 子育てにはそれなりの「費用(=お金)」が掛かるのは誰でもわかる。お金がないことを貧乏と言うらしい。「貧乏人の子だくさん」と言われながら立派に育った先輩同輩、そして後輩をたくさん知っている。「子育ては貧乏と言われる程度で丁度良い」。これは祖母の売り言葉である。「お金はあれば使う。欲しいな、と言うぐらいで子育てすれば子どもは立派に育つ」とは母の言葉。決して立派には育っていないが、貧乏の中で生きてきたことは事実である。母はきっと自分に言い聞かせていたのだろう。人は「お金だけ」では育たない。お金では買えない「愛情」で育つ、と聞いて育った。
 高齢者が他界しても法的処理が放置されたのも、高齢者が得る公金(=年金)という「お金」への執着からだったようだ。いつからこうなったの?限定は出来ないだろうが、どこかにその流れの節目はあったかも知れない。少子化対策の一環で産み出された「お金」(=子ども手当)であったとすれば、本末転倒であるとしか言い様のない切ないほどの現状ではないだろうか。若い女性が産みたくないという現状やその心理の奥底を追究は出来ないモノなのか。哀しい気分には浸りたくないが、「子育て」は将来の国家形成に重要なポジションにある。「日本」号のダッチロールが気になって仕方がない。
 師走の忙しい時間にこんな余計なことを考えることこそ、異常でしょうかね?
 

2010/12/23

「冬至」が過ぎれば・・・

 ~今日は「天皇誕生日」~
 どうも、やっぱり・・・古いらしい(?)。
 天皇誕生日というのは4月29日だと刷り込まれてしまっているのでしょうね(笑)。冬至の次の日が天皇誕生日の祝日?そして、多くの学校が今日から冬休み?かくして、文化の香りもどんどん変わって行くのに付いていけなくなっているのが老化現象に拍車が掛かると言うモノですか?
 冬至のゆず湯。
 昨夜の我が家のお風呂にも柚子が入っていました。確かに柚子は入っていたが香りを感じ取れなかったなぁ~。なんて言えば・・・・えっ!匂いも感じ取れなくなるほど年取ったのかい?なんて寂しい驚き方をされる方がいらっしゃるのかな。決してそんなことは御座いません。まだまだ・・・・。
 夕食のテーブルにはカボチャもありました。好物とは言えぬ小生でも、妻の心遣いに敬意を表して食べました。祖母が箸の進まない三男坊(小生)に向かって強制的に食べさせてくれた(笑)、厳しい光景も今となれば懐かしい少年の日々の思い出の一つです。
 冬至の日が「昼間の長さが最短」と聞いて驚いたのも少年時代のこと。
 そう言えば、冬至から10日しか経っていないのにお正月の日暮れは、「もう少し遊べる」ほど遅くなっているのに気が付いて喜んだモノでした。皆さんにはそんな思い出はありませんか?
 昨夕、京都の知人(友禅絵師)から素敵な「干支」の色紙絵が今年も届きました。
 人間にはこんなに才能の差があるの?と驚くほどの繊細な色合いと運筆には驚くばかりです。着物地に絵柄を描かれる訳ですから、素人の想像では計り知れない世界のお話しですね。見取れてしまった妻は暫くの間無言になってしまいました。勿体振っているわけではありませんが、ご紹介は新年早々とさせてください。読者の皆さんの中には「卯年」生まれの方も多いと思われます。ブログで紹介する色紙絵(「卯」)をどうぞお楽しみにお待ち願います。
 今日は木曜日。今年最後の鍼診療日です。行ってまいります!!


2010/12/22

経営の戦略的スキル

 ~小生にも「教頭職」はありましたが・・~
 しかし、こんなきめ細かな経営戦略はありませんでしたね。
 と言うより、「活字で伝える」戦略を練るほどの余裕もなかった、の方が妥当な回答かな。親しい教頭さんから手紙が届きました。その中に「教頭の実践」としての資料が数枚入っていました。その中で、この「教頭通信」には、眼が釘付けになりました。線を引いたりマーカーで色分けをしていたらこんなになってしまいました。読みづらいかも知れませんが、数回のクリックで画面を大きくして読んでみてください。
 生徒指導上の「心がけ」は必見です。
 小学校での生徒指導でも基本的には全く同じですね。相手が小学生と中学生との差だけでしょう。何をするにしても「共同体」の成立が前提ですよね。家庭教育でも「お母さんだけがしゃかりきになっても・・・」功を奏することはたかが知れていません?家族の絆が成立していない家庭では、力のある「個」が孤立してしまってしまい、「束になって」取り組めない欠点となり、成果が生まれませんよね。
 学校も校長の理念や哲学だけが先行しても、全教職員と保護者の「共同体」が成立しなければ崩壊するのは明白になります。その共同体を組み上げる陰の立て役者が、学校では教頭職だと思います。家庭では誰?皆さんの共同体ではどなた?僅か1年間しか実践のない小生には偉そうなことは言えません。しかし、校長職を拝命して、素晴らしい教頭職に恵まれましたので逆算式で振り返ると偉そうなことが言えるんですよ(笑)。
 こんな立派な資料を送って戴いておきながら、頑張りすぎて病気にならないで欲しい、と祈るのは虫の良い話ですね。失礼しました。
 昨日は、執筆依頼の原稿も仕上げ、送信したばかりでした。「自分を褒めてやろう」なんて思っていた所にこの資料が届きました。後輩に負けないように「もっと頑張らねば」と気持ちを引き締めた夕暮れでした。良い資料を有難うございました。

2010/12/21

今度は・・「社会人力」

 ~ご時世の「はやり言葉」~
 とは、申せ・・・。今度は「社会人力」と来たモンだ!
 とは言いながら、つい数時間前に書き上げた執筆依頼原稿にも「指導力・授業力・人間力・・・・」と書き連ねた執筆者がここに「身の程知らず」の批判を述べようとしております。平にご容赦を願います。「今年の世相」を漢字一文字で表現することも、ご時世の流行り?今年は何だったのかな。
 この写真版を2度ぐらいクリックしていただけると文字も大きく見えますので注釈傍線の箇所をじっくり覗いてみてください。この記事そのものを批判しているのではありません。また、開発に取り組んでいる業者への非難でもありません。
 哀しくなったのは誇りある「大学教育」の権威の失墜です。
 ここまで外部産業の支援(?)を必要とするほど大学生の学力は地に落ちてしまったのかと小さな声で叫んでしまいました。「大学」って、何をするところ?高校までの学習実態の上に「専門分野での研究を深める」ところ、じゃないの?論文を完成させて「自らの学びを集大成する」ところでしょ?違うのかな。
 社会人力(とやら)を大学在学中に付けさせる?それって、大学入学前までに、身近なところから親や教師、地域が「叱ったり注意したり怒鳴ったり」して身に付けさせるべき事柄ではないのかな?
 ここで言う「社会人力」のデータだけが独り歩きして、「就職力」アップに繋がるの?どんな社会人が実社会では求められていると判断されているのでしょうかね。
 つい数日前に、27歳の青年が起こした事件がまだ記憶に新しいですね。年齢的には大学院も卒業している(年齢で)立派な社会人ではありませんか。人それぞれの「育つ環境」には大きな違いがありますから個人攻撃はしたくありません。しかし、社会人という従来の概念はどこへ行ったのでしょう。社会人としての「自己責任」は育成されていないのでしょうか?
 教員稼業しか知らない小生如き凡人が偉そうなことは言えません。しかし、一朝一夕に「大学生」にはならないことを考えれば、それまでの教育機関の指導というのは大変重要になってくることだけは納得していただけるでしょう。ホンの数年間で、大学というわが国最高学府機関が、その権威を失墜させたのではありません。幼児教育から始まって、小中学校の義務教育と高校教育という「生誕18年間」の集大成として進学するのが大学だと認識すれば、大学までの道程に「教育者として関わる教師集団」の意識にも反省の余地があることは誰もが疑いません。
 アダルトチルドレンと言う文言が流行して早や30年間。その時代に誕生した子ども達はもう30歳となります。恐ろしいほどに迫り来る「負の再生産」となっています。どこまで、日本という国家は墜落していくのでしょうか。新聞記事に目を通しながら哀しくなっている朝です。

2010/12/20

暮れの「お掃除」

 ~歯の定期検診~
 田舎の少年時代。暮れの忙しさは母が大掃除の準備を始めると感じた。
 手伝いを言い渡されないように裏木戸からそっと外に抜け出たモノだった。しかし、遊びから帰ってくると、兄や姉たちが手伝ったらしくキレイになっている庭や玄関を通る時、いかなる図々しい三男坊でもいささか気後れを感じたことを思い出す。そんな風物詩も今となれば懐かしい。
 さて、拙宅の「暮れの大掃除」はどうかな?
 殆ど無縁な生き方をした小生は、退職しても殆どその生活スタイルが変わっていない。つまり、殆ど老妻の労力に負んぶに抱っこの状態で推移してしまっている。今年は早めの「仕事納め」だったので少しは本気で取り組むことにしようか。しかし、長年の習慣は恐ろしい。全く当てにされていないのは今年も変わっていない様子である(笑)。
 そこで「自分でしなければならない」大掃除だけは・・・・。
 歯の定期検診の通知が届いていたので夕刻を予約して行って来た。唯一「国民健康保険証」を使用する機会である。未だ1本の虫歯のない小生は、最近になって「歯の大切さ」を感じるようになり、日常的な努力もするようにまで成長(?)している。妻のお陰である。妻は歯が弱く痛みに顔を歪めることも多い。歯痛の辛さを知らない能天気な小生にとって、最近の心情の変化をもたらしてくれた妻に感謝している。今日も歯科医から「このままの状態で最期まで頑張りましょう」とのエールを戴いた。親不知の歯も虫歯になっていないとの診断で勇気づけられ、掃除だけを済ませて帰宅した。
 短絡的人生を謳歌している小生の暮れのお掃除は、何と「歯の手入れ」でありました(笑)。 

2010/12/19

話題は変わるモノ?

 ~今年も元気で会えました!~
 宴もたけなわ。
 「先生、来年は12月17日ですからね。忘れないでくださいよ」と声が掛かりました。このミニ忘年会も何年続いているのでしょうか。どんな集団にも紆余曲折の歴史は付き物です。近親者の不幸とぶつかったり、自身の体調不良だったり、わが子の問題で身動きが取れなかったり等々。中学時代の1つの学級で過ごした仲間が37年経ってもこうして年に1度、時間を繰り合わせて集うというのも珍しいことです。最近では、散会の前に次回の日程がこうして確認されることになっています。
 13歳の中学生と27歳の教員。
 この学年集団と未熟な教員の出会いでした。正確に述べると、この「学級」は29歳の担任と15歳の中学3年生の集合体です。この中学校に転勤する前は高校勤務だった教員にとっては、中学校勤務の『卒業生』第1号集団なのです。若さ故に出来たこともありましたが、未熟なるが故の失敗の連続。生徒達にとっては、さぞかし頼りない担任だっただろうと、今になって考えると背筋が寒くなるほどですが・・・・もう全てが「時効」ですよね(笑)。
 学年同窓会や正式な学級同窓会もありました。
 名乗り合って、懐かしさに目頭を熱くするシーンもありました。「先生、お元気そうですね」と労る言葉もありました。全く面影もなく半信半疑になる卒業生もいます。しかし、このミニ同窓会は、まさにアットホーム。全体の話題が見えます。名乗り合うこともなく単刀直入の話題が展開されます。
 こうして長く続いている集まりでは、話題の変遷は凄いモノです。
 今では、孫の話題にも興じるようになっています。担任教師と卒業生の「年齢差は永久に縮まりません」が、精神年齢と経験年齢の差はどんどん狭まっているようです。そのうちに、話題に境界線というバリアも全く無くなっていくのでしょうか。これって、やっぱり喜ばしいことでしょうね。
 高校教員時代の教え子は、来年は還暦だと一報が届いています。この再会も楽しみです。話題はきっと同一だと断じて疑いません。
 タイムスリップの時間。
 いつしか若返っている老体に気づいて苦笑している朝です。昨日は楽しい時間を有難うございました。来年の日程は新しいカレンダーに記入しましたよ。出席できなかったクラスメートにも連絡してくださいね。モンタ!(幹事さん)、今年もありがとう。

2010/12/18

真の「体力」とは?

 ~「車」と子どもの体力~
 母親らしい運転手が運転する車から高校生らしい若者が駅の送迎レーンで降りる。電車に乗り換えて通学するのか。口には朝食らしいモノが入ったままに駅の改札口に向かった。
 小学校の近くに高級車が止まって誰かを待っている様子だ。校門を出たランドセル姿の児童がその車に向かって走り出す。乗り込んだと同時に車は自宅とは反対の市街地に向かって走り去った。
 21世紀は完璧な車社会。この時代に生を受けて人間となる。生まれた時は、既に「車が必需品」の社会。歩いたり走ったりする機会が少なくなってしまうのは仕方がないことなのかも知れない。
 這えば立て 立てが歩め の親心
 人間として生まれたからには「歩く」ことは必然のこと。歩くことを覚えた赤ん坊が「歩きたがる光景」は微笑ましいではないか。それが、僅か6年間ぐらいで「徒歩通学」にすら疲労感を覚え、「つかれたぁ~」と連呼するようになる。都会の学校には「遠足」という行事すら消滅し掛かっている。ましてや、「全校遠足」なるものは車社会では「迷惑行事」に化してしまっている。
 孫が「マラソン大会はイヤだなぁ~」と言う。祖父ちゃんは応える、「祖父ちゃんも好きじゃなかったぞ。それでも走ったさ」と。マラソン大会を実施してくれる小学校に通える孫達に体力作りの大切さを学校教育で教えていただいていることに感謝する。体制批判など出来るモノではない。歩行が大脳の刺激には有効薬だと今でも信じている。
 面白い発想の先輩教師を思い出した。
 「廊下は走ってはいけません」との張り紙を指さして、若かりし頃の小生が生徒に注意をしていた。その横を苦笑いをしながら通り過ぎた先輩が、職員室に戻った小生に向かってこう仰ったではないか。「若者は走れるから走っているんだよ。老化したら走れと言われても走れないだろう。廊下(=老化)って、そう言うところなんだよ。いや、これ、ジョーダン(笑)」。その時点では真面目に指導した後輩をバカにして、と憤慨したモノだった。しかし、時を経て、思うように走れなくなった頃から、「実に妙を得ている例えではないか」と感心するようになった。正真正銘の笑い話である。走れる内に走る。(学校の廊下は衝突の危険性もあり、ジョーダンは受け止められないが)
 新聞記事(上掲)でのコメントを読んで妙に納得。
 やっぱり、学校教育は大事だと。車社会になって歩くことすら億劫になっている家庭生活がそうであるなら、いやそうであるからこそ「学校教育での体力作り」には大きな責任があるように思えてならない。
 そう言えば、このブログも「歩」禅記。一人の老人が懸命に歩いている。足腰の弱まりを感じ始めているからである。車の無かった時代に育った若者(今は高齢者)でさえこの現状。車社会に育つ若者達が高齢者になったらどうなるのか。案じても仕方ないことだろうが、やっぱり心配してしまう。幾つになっても「教師病」は消えないらしい(笑)。

今日の夕刻(5:30)は、「参加者全員が52歳」という集団との忘年会です。これで、今年3回目の忘年会になります。成長した「教え子達」との美酒は、また格別なことでしょう。明朝はまた寝坊かな(笑)。

2010/12/17

新・歩禅記(42)


 ~この「花」知っていました?~
 咳き込んでしまう妻には長時間の歩禅は無理。
 そんな日々を過ごしていたが、午睡を済ませた夫に「歩きましょう」との申し出あり。無理のないようにと近くにある団地の中の郵便局を目的地として歩き出した。投函したい郵便物があったからである。マスクの着用を強制して歩いていると、「こんな花が!!」と妻が指さした。
 くさぼけ。
 見つけた花は、夫の好きな花の一つである「木瓜の花」である。猫の額の庭先にも1本存在して季節になると開花してくれるとご機嫌の夫である。初めて知った名前。開花期を見て驚く。どうして、今?そんな思いもありながらカメラを向けている夫。いつも通っているコース。こんな所にこんな季節はずれの花。思いも寄らぬ「歓迎」に帰路の足取りも軽く歩が進んだ夫である。
 やっぱり自然界の奧で何か、大きな変動が起きている。
 そんな不安を夫婦で語りながら午後の歩禅から帰って来ました。皆さんの周囲でも、こんな珍(?)現象が起きているのではないでしょうか。情報をお寄せ下さい。

嬉しい「葉書」とは?

 ~手書きの「お便り」~
 パソコンを駆使して(笑)、現代流に生きているところを見せたがっている老人。
 つまり、その老人こそが小生で御座います。郵便番号も住所も、宛名までパソコンは一気に記憶して指示さえ間違えなければ10枚なんてあっと言う間に印刷が出来るソフトを重宝しております。写真も取り込んで希望通りのサイズで転載が出来るのですから、味を占めた老人は有頂天になっております。
 昨夜、この師走・第2回目の忘年会(東京)から帰宅して一枚の葉書を手に取りました。
 先般の特別講演会の講師・原伸介氏からの葉書でした。心地よい酔いに拍車が掛かりました。絵はがきの表面に「手書き」で御礼を述べてありました。キムタク世代の若者がて「手書き」で便りを記すとは、パソコン溺愛(笑)の老人には衝撃が強すぎます。
 起床して、改めて読み直しました。
 数回も続けて文字を追いながら彼の言葉を反芻している老人で御座います。同世代の仲間にはズレは感じませんが、時代とのズレを強烈に感じます。時代のズレは、その過ぎゆく「速さ」と説明を加えてくれたことです。
 手書きはゆったりとした時間が流れるのでしょうか。パソコンは「あっと言う間に」仕事を代替わりで済ませてくれます。しかも、大量に。また、メールも寸時に地球の果てまで飛んでいきますが、郵便物は数日間という時間を必要とします。往復書簡には数週間というゆったりとした時間が流れます。こちらが講師に投函したお礼状の葉書(パソコンで作成)から、丁度1週間を掛けて交信が成立したことになります。
 遅く起きた朝は、穏やかな陽ざしが書斎にも差し込んできました。
 一枚の葉書から「人の温もり」が伝わってきました。昨夜の美酒の残り香が「ひなたぼっこ」を誘っています。横になる前にもう一回、葉書を読むことにしましょうか。
 
 温もりのある1枚の葉書に感動しつつも、年賀状はパソコンに委ねている爺です。200枚の年賀状には「温もり」を登載できませんが、日常の「お便り」は出来るだけ手書きにします!!(確約が出来ない現状に立ち往生ですが、お許し下さい。)
 

2010/12/16

ラジオを聴きながら・・・

 ~せいねんこうけんせいど~
 以前チラッと聞いたような気はしながらも、解説するラジオのアナウンサーの言葉に耳を傾ける。
 これって、「親子の関係」が不成立の「高齢者」を支援する制度であることは判断できる。詐欺行為や商売が罷り通るイヤな世の中で生活しておられる高齢者の皆さんには気の毒な気分で一杯である。それ故に、こう言う制度の存在は決して否定は出来ない。半面、モグラたたき式の制度であることを真剣に追究する世の中であって欲しいと願わざるを得ない。弱者をいたぶる悪事行為の温床がどこにあるのか。「いじめ構図」の源泉であるならば、その元凶を追求しながら次代の若者達にその消滅を促しておくことが最優先ではないか、と半身浴をしながらラジオに向かって語りかけてしまう爺である。
 浴室から出た。直ぐに調べてみる。どんな漢字を充当する制度なのか。
 成年後見制度。高齢者支援制度の一つであることを正式に認知した。しかし、判然としない部分もある。親族からの申し出が出来ない場合は、地域の長(区長等)の紹介で恩恵を受けることが出来るとその制度は表現しているが・・・・。
 以前、学校勤務時代に、「子どもの虐待」に関する協力を民生委員さんにお願いしたことがある。
 返ってきた言葉に日本人社会の「向こう三軒両隣」的なムラ意識がすっかり消滅していることに愕然としたことがある。『プライバシー』という表現が、島国である日本にもすっかり根付いてしまったという確認に八方ふさがりを感じてしまったのである。プライベートな事象には、入り込んで行くのは難しい、との応えであった。当然ながら学校から児童相談所に一報することは出来たが・・・・。
 今朝の話題は、子どもの虐待ではないが「高齢者の虐待」と理解しても(本質的にはズレるが)的は外れていないような気にもなった。なぜならば、そこに、やっぱり「親子の関係」が背景に映るからである。わが子を虐待したり、自分の親を粗末にして扱うなんて哀しい時代になったモノである。
 そんなことを考えながらラジオを聴いていると、今朝は「この冬一番の冷え込み」とラジオが畳みかけてきた。半身浴のお陰で爺の身体はぽかぽかしたが、さむ~い話と外気の寒さの二重奏に一瞬、老脳も凍てついてしまった(笑)。
 今日は久し振りの鍼診療日。東京都町田市まで老妻と一緒に行ってまいります。どちらさまも寒さに負けずに風邪の菌を蹴散らしながら師走を駆け抜けてくださいませ。

2010/12/15

受講報告が届きました。

 受講者から報告書が届きました。
 12月12日のブログでご報告をした、ちがさき『響の会』冬季特別講座 に大阪から聴講された古川氏(日本公文教育研究会職員)から報告書が届きました。写真版にして登載しました。
 本日午後、拙宅に当日聴講された方が訪問されました。
 感想を求める前に、「あの若さで、私たちの世代に語りかけるパワーを内蔵している若者がいると思っただけでも嬉しくなりました。いつの時代にも、青年達にはあの威力があったのでしょうね。子育てに失敗したという姑息な反省が恥ずかしくなりました。」と立て板に水の如くに言葉を浴びせられました。
 学歴と人間としての「生きる力」。
 訪問者の発言をこの爺も妻もしっかり受け止めてしまって暫くは夫婦の会話の言葉が涌いて来ませんでした。前述しましたように、かく言う小生も「わが子と同年齢」という講師の原氏の人生観が広く・深く貯えられていることに圧倒されていたからです。
 午後の訪問客との会話に土曜日を思い出し、夕食後の受信メールにまた、その追い打ちを掛けられたような思いです。悔しいと言うより、嬉しい情報です。有難うございました。
 仕事納めを勝手にしてしまったフリーな爺は、思わず本日第2便のブログを発信しています。感想等は小生のメールアドレスにお願いします。

「安堵」の朝

 ~「さざんかの季節」はオフ?~
 現職の皆さんにはご理解できない(?)心情でしょうね。
 自由人としての行動も、時として厄介で、時として開放的で情感としては落ち着かないバイオリズムになります。しかし、要請があり「期待して受け入れる」臨場感に接すると、単なる自由人という感覚からは確かに遊離して、現役時代の責務に似た緊張感も味わうモノです。
 そんな自由な爺さんにとってこの歳末の朝は格別の気分であります。垣根のさざんかの花がとても爽やかに見えます。
 自由人たる所以は、何でも「勝手に・独りで」身分保障が出来るところ。誰にも気にせずに決め込むことが出来るのは楽しい。この「自由人の年度」は1月に始まって12月に終わること。つまり、2010年という年度がカレンダー通りに終幕することになること。あくまでも「請け負った仕事」を中心にした考えであることは言うまでもありません。
 昨日の茅ヶ崎市立東海岸小学校の訪問指導が「わが年度」の最終の仕事でした。用務を負えて帰ろうとする小生を見送りに出ていただいた先生方に「今日は仕事納め。明日からお休みです」と茶目っ気な発言をすると「良いなぁ~」との声が耳に届いた。その羨望の声(笑)に見送られて送迎を担っていただいている車で帰宅したのです。
 そして、今朝。
 なぜかいつもの朝より寝坊しました。疲労困憊?そんなことは全く御座いません。きっと安堵の精神状態(緊張の糸が緩んだ?)なのでしょうね。日課の『腰湯』も1時間半遅れ。朝食を負えて書斎に入ったのも2時間遅れ。朝陽が今朝は強さを感じるほどに差し込んでいました。
 1月からの業務日誌を覗き込んで、出講回数を確認してみる。
 102回の講演(講座・講義・取材)に対応したことになっていました。回数よりも内容?いえ、そんな硬いことは言いません(笑)。現職としての「肩書き」を背負っていた日々とは、そこが違うようです。自由人たる人種の無責任感(?)がそこにあるようですね。しかし、心底には「責任感」に押し潰されそうな出講もあるのですから、このブログの気楽な文章表現を額面通りに鵜呑みにしないで下さいね。
 ともあれ、一回もドタキャンすることなく完遂できたことを今朝は安堵しているのです。関係者各位に心から感謝している朝でもあります。今日からオフです。新年は1月11日からの訪広(広島への訪問)から『仕事始め』となります。
 少し、ゆっくりしたら年賀状でも書くことにしましょう。このブログは仕事とは直接の関係はありませんので書き続けます。(期待しないで)お読み下さい。

【追伸】忘れていました。原稿の執筆依頼が2件ありました。お正月前には仕上げることにしましょう。やっぱり、今年の歳末もゆっくり出来るようなオフでは無さそうですね(笑)。

2010/12/14

今日は今年の「請負仕事」納めです!

 ~心洗われる瞬間~
 先日、友人から自作の「篆刻」を見せて貰った(写真)。
 有名な書道展での入賞作品と言う。素人の小生には作品の本当の良さはわからないが、何となく心引かれる書であることだけはわかった気がする。ところが、意味がわからん!意味なんかわからなくても芸術品として観賞すれば良いのだろうが、この変人はどうも、すんなり芸術を鑑賞する力も無いらしい。それでも、書の持つ威厳と言うのか、書家の発する運筆の魅力と言うのか分からないが、「心にす~っと何かが入り込んでくる」感じがした。
 ご本人の許可を得て写真に撮らせて貰って帰宅した。じっくり眺めたいと考えたからである。何と書いたのかと制作者に問えば、メールで4文字熟語が返ってきた。『雲遊(へい=くさかんむり+さんずい+たいら)寄』と書いてある。ところが、小生のパソコン力量では漢字を上手く取り出せない。悔しいが、漢和辞典には確かに出ていて意味の見当が着いた。【うんゆうへいき】とでも読むのだろうか。
取り出せない「へい」と言う漢字の意味は「うきくさ」のようである。「雲遊」の熟語は流れゆく雲と遊ぶのだから何となく分かるような気がするし、続く「うきくさ」も根無し草なので、4文字が繋がっていくような気分になった。そこまで辿り着くとホッとする。やっぱり芸術鑑賞には不向きらしい。
 素敵な書(素人には正確な評価は無理)には、きっと引きつける魅力が備わっているのかも知れない。どんな世界でも力量を積み上げるには、見えない時間で、人には見せない努力があるものだ。書の世界で活躍する友人の頑張りに敬意を表しつつ写真版にして眺めることにしよう。
 外は師走の冷たい雨の朝。
 今日で仕事が終わるとばかりに喚いている我が儘な爺の視野に、こんな書が入ってくると年齢相応に人生の機微が理解できるところを示さなければならないような気分になってしまった。昨夜の美酒も冷め始めた。2010年最後の仕事に出向く準備でもしましょうかね。
 
 

2010/12/13

「仕事納め」まであと一息

 ~気儘な稼業ですね!~
 公務員稼業に勤しんでいた日々。
 12月28日の「御用納め」が待ち遠しかった思い出が浮かんできました。取り分け、学校教育現場から離れて教育委員会勤務になった時代(10年間ばかり)はその思いが強く、今でも鮮明に記憶しています。市長の訓辞があり、自席に戻られた上司(小生にとっては教育長)のホットされた仕草が今も忘れられないほ。心身共に「区切りの日」だったようです。
 気儘な稼業に移って7年間。
 社長と営業マンと事務吏員等々一人で兼務する(笑)身の上になりますと、「自分で自分に言い聞かせる」ことでもしなければ「区切り・けじめ」など存在しないんですよ。気楽と言えば気楽ですが、張りがないと言えばそうも思える。そんな日々を過ごしていても、世間並みに「年の瀬」が今年もやってきました。今日は横須賀市の小学校で、明日は茅ヶ崎市内の小学校の訪問が計画されています。この2日間で今年の「請負業務」も終了です。つまり、明日は小生の「仕事納め」の日でございます。
 世間ではまだまだ先の御用納めですので、ここで「この1年を振り返って」等と豪語できません。世間並みに時期が来ましたら「振り返り」をしてみましょう。
 そう言えば・・・・。まだ年賀状を書いていませんでした。仕事納めが済んだら年賀状を書きますか!所定の位置に備えたボックスには、今年も喪中の葉書が沢山届いています。確認作業をして非礼のないようにして準備することにしましょう。
 今夜の天気が心配です。仕事を終えたら横浜で「忘年会」です。帰宅時間には降雨の予報。そんな気持ちを浮かばせつつ準備をして横須賀へ行ってまいります!!

2010/12/12

今年の『響の会』も盛会にて完了!




~信州の森から講師が・・~
 3年ぐらい前から招請していた講師がやっとのお目見えです。
 主宰する教育実践『響の会』では、発祥地である茅ヶ崎市の年間計画に「教員以外の講師」招聘事業があります。多くの教員研修会の講師は教育関係者ですが、『響の会』では教育に関する視点・観点を新鮮にする目的もあり、毎秋に「特別教育講演会」と称して、会社経営者等のご登壇をお願いして拝聴することにしています。
 今回は、写真でお分かりのように「自称:仙人」という若さ溢れる講師に茅ヶ崎までやって来ていただきました。「笑顔は無限力」という本の著者である原伸介氏の講演は、自身の衣装替えで始まり、一同は唖然としたムードでした。キムタクと同年代という氏の言葉だけでなく、風貌を一見しただけでも従来の講師とはまったく違います。若い!その一言に尽きるモノでした。
 若さ=未熟。未熟なるが故の必要以上の力み。それが全く無し。
 淡々と生い立ちから今日までの人生を語る口調に、若さや青さは全く感じられません。ギリギリの人生を追求して、窮地の中で自らの手で人生を拓いて歩んできた氏の生き様には、70歳に近づく小生もタジタジするばかりでした。迫力ある言葉が魂となって狭い会場に飛び散って聴講者を引きつけてしまいました。
 恐れ入りました。
 主宰者としての謝辞はこの一言に尽きました。人生を「生きている値段」は、年齢ではなく経験値だと言うことをイヤと言うほど 知らされました。教育者ではない「若者」に、ここまで深部で「教え・育てる」ことを語られると立ち直れないほどに強烈な刺激となりました。
 質問をしてみました、「同世代の人とズレを感じませんか」と。
 その応えに驚いて腰が抜けそうになりました。氏の応えは、「いいえ、感じません」だったのですが、その後の言語表現に撃破されてしまったのです。同世代の人間とのズレは感じませんが、時代にズレを感じます、との追加回答でした。同世代と時代。そのズレを巧みに表現されてしまいました。理由として、「速過ぎる時代の流れ」を指摘してくれました。15年前は変人扱いされた自分が、今は、「時代の人」として評価され、重宝している時代の流れについていけないんです。会場の笑いを取りながらサラリと言ってのける図太さは森林の中で孤独と闘い、猪や鹿、最近では熊とも「死活を賭けて」炭焼き師として身を投じている野生児の生き様からしか発せられない迫力となって襲って来ました。時代の流れが速すぎるので現代人は「待てない」習性を身に付けてしまったのではないか、とのまとめに会場は息を呑んでしまい、閑かになってしまいました。
 わが子と同年代とは決して思えない。しかし、息子と呼んでも違和感のない氏の若さ見詰めながらこの老輩は逞しく成長し続ける「息子を見る眼」になっていました。緩くなりかけている涙腺に熱いモノを感じ取りました。ホワイトボードに記された文字(写真)の奧の奧を読み取っていただきたい。
 2010年の『響の会』最後のセミナーも興奮の中に無事に完了しました。
 来年も、引き続き多くの感動と衝撃を共有できるように計画をしてみたくなりました。



2010/12/11

師走も「中旬」に・・・。

 ~用務も山場を越えて~
 鳥取市の空は「穏やかな陽ざし」と共に歓迎して(?)くれました。
 迎えていただいた先生方の口々から「昨日はもの凄い荒天でしたが・・」と、丸で「晴を連れてきてくれた」かのような言葉が続出したのには驚きました。年間を通じて機会多く訪問する都市があります。それは主宰する教育実践『響の会』の開催地がその主たる所です。浜松市・広島市・立川市には定期便の如く同じ時期に、多い会場には10年間も通い続けています。不思議なことに「傘を要した」日は、記憶にないほどに晴天とのお付き合いです。
 この鳥取市は、高知市や名古屋市と同様に訪問回数の多い都市の一つですが、前出の都市と違って、殆どの訪問が雨か雪、あるいは強風に見舞われ続けていますので、今回の出発準備の最優先が傘だったのです。
 人の営みには幾通りもの「組み合わせ・取り合わせ」があるものでしょう。取り分け天候には「営みの好不調」を左右させる要素があるような気がします。鳥取市への訪問で「絶好調」を思わせるような好天に恵まれたのは、実は初めてでした(笑)。
 お天道様に迎えられた今回は、今までに経験の少ない「学校集団による研修会」でした。
 1つの中学校とそこに入学する4つの小学校の教職員の研修会だったのです。主催者事務局より開催主旨を載せた出講依頼書を受け取った時点で、受諾の即答をしました。確固たる理由があったからです。長い間の教員生活で「理想としていた」取り組みが示されていたのです。
 学校教育関係用語で表現すると「中学校区」と言います。今回の訪問先は1つの学校を会場にして複数の学校が終結する方式での研修会です。中学校区に全部の学校に勤務する教職員が集って、授業参観と講演会とが設定されていました。その講演の講師が小生でした。
 1時間半の講演(=一方的な講義形式)は不人気です。
 どんな聞き上手でも、90分間を考えただけでもウンザリします。そして、出来れば敬遠したくもなります。脳裏を過ぎるのは「どんな風にして耐えるか!」(笑)という手立てがないからなのです。そんな聴講者の気持ちは十分に理解していても、講師として演壇に立つと「相手の立場」になっての供給が出来ないのですから自己嫌悪にも陥ります。
 今回は、小学校の先生達と中学校の先生達が一堂に会することを意識してレジュメの中に、今まで使用したことのない言語を登載しました。それが「住民票的見地から考える授業の効能」という観点から考えました。『住民票』をキーワードにしてみました。反応は?具体的な評価は講師にはわかりません。しかし、教育講演会にレギュラーとして登場する「教育用語」ではない主役が登場したことだけでも、ちょっとした睡魔除けにはなったかも知れません。もう一つは、見えない準備として、最近出版された「おしんの遺言」(橋田壽賀子・著)からヒントを得て自作した資料です。それを使って、聴講者である先生方と「漢字遊び」を展開してみました。
 いかに工夫しても、所詮、小生のような3~4流の講師では如何ともし難いことは十分に承知しています。退職してのこの稼業に入り、少し慣れては来ましたが、「一発勝負」的なこの営業はやはり難しいモノです。しかし、今回のような真剣な眼差しの聴講者と時間を共有できたことは至福の時間となりました。
 やはり、荒天より好天が(精神構造上からも)望ましいのでしょうかね(笑)。聴講者からの感想を聞いてみたいのも好天の所為でしょうか!聞いてしまったら荒天な気分になっちゃいますかね!!
 そうこうしている内に、講演稼業も山場を越えました。あと3回を残して2010年も「仕事納め」になります。ドタキャンを一回もせずに終える事の出来る老体に充足感を噛み締めている朝です。
 

2010/12/08

今年最後の「遠征」(?)

 ~タクシーで家を出発~
 雨天が予報された早朝の出立は「徒歩」では駅まで行きません。
 ちょっぴり贅沢な行為ですが、こんな朝はタクシーを予約して家を出ることにしています。昨夕、翌朝のタクシー予約(電話)をして驚きました。係の声に思わず「はい、そうです」と応えながら時刻の指定をして切りました。驚いたのは、「住所(番地も含め)、氏名」を先方から発せられたからです。パソコン機能の拡充は進む一方ですね。器械が記憶装置を持っていると言うことなのでしょう。
 なに、朝から寝惚けて仰ってるの?!
 そんな声も聞こえてきそうですが、ホントに驚くことが多くなっているのは事実です。これから(6時)、JR茅ヶ崎駅に向かい、東海道線で小田原駅まで下ります。そして、新幹線に乗って名古屋で乗り換え、姫路駅まで移動します。そこで鳥取方面行の在来線特急「はくと号」に乗り換えます。正午直前に目的地である指定駅に到着します。主催者の意向で一緒に昼食を摂って、依頼業務(授業参観及び講演)に取り掛かるという日程です。こんな時程がいとも簡単に実現できるわけです。この便利さ(=速さ)に驚きませんか?
 元気で足腰が達者な内は・・・。
 随分老け込んだ表現に聞こえるでしょうが、最近は時折、それを実感と共に生きています。今朝も、旅の大きな荷物を引き摺り(笑)ながら移動できそうです。鳥取の先生方との出会いを楽しみにして行ってまいりましょう。何名かの先生との再会も心ウキウキする要因です。行ってまいります。

2010/12/07

疲労感より充足感・・・・(つづき)



※お断り・・昨日アップした本ブログの日付がパソコン日付の狂いが生じていたようです。日付が12月2日になってしまいました。老脳の技術では如何ともし難く申し訳ございません。12月6日付けと言うことでお読み下さい。今後も「パソコンとの格闘」は続きそうです(笑)が、老化現象を緩やかにすべく日夜(?)奮闘いたします。温かくお見守りのほどよろしくお願いいたします。
  ~感性を揺さぶられて~
 12月3日 広島市立亀山小学校で保護者対象の講演会『子育て応援談  part  7』がありました。
 この小学校には5年ほど前から通っています。午前中に保護者対象の講座を担当して、給食を戴いてから午後は教師対象の「授業研究会」での指導に当たる日程は、この小学校訪問の通常スタイルです。去年は新型インフルエンザに妨害され、延期したりして学校もご苦労されました。回数を重ねることの大きさを登載した「素敵なお手紙」に証明してもらいました。既に、わが子は中学生になっているという参加者から「送呈本」まで添えて、このようなお手紙を頂戴しました。校長室に戻って読みました。講師の感性が揺さぶられるような瞬間でした。満足な御礼の言葉も告げる間もなくお帰りになってしまいました。このブログにて心からの「御礼」に替えさせていただきます。有難うございました。
 今回の最終日(5日)は、東京ビッグサイトでの日本公文教育研究会主催の第32回指導者研究大会」への出席が用務となりました。「くもん」と言えば、世間一般での総評は「くもん式学習」という教科学習(指導)が基準になっているようです。それは否定するモノではありませんが、当会の「顧問」という大役を戴いてから、その内部活動の一つ一つに触れる度に、深部での地道な活動を継続している指導者軍団と多く遭遇しました。その都度、「感性を揺さぶられる」出会いに感涙することも少なくありませんでした。
 「親子がきちんと向き合って子育てをするたいせつさ」と言う今回の主題にも大変興味がありました。プログラムの中で、障害児指導講座の基調講演と鼎談を聴講することが出来ました。講師の順天堂大学医学部小児科準教授・田中恭子先生の講義には時間を忘れて聴き入っている自分に驚くほどでした。また、鼎談でも公文指導者の渡辺信子先生の「ひとこと・ひとこと」に、指導者としての高資質を感じ取り、人間としての生き方に鈍なる小生の感性でも揺さぶられてしまいました。感動しました。
 ゆりかもめ新都市交通に揺られながら、爽やかな疲労感と刺激的な人間の生き様との出会いに感性が大揺れになったことを、お台場辺りで気付いたほどです。こんな刺激的な時間を特設していただいた関係者に心より感謝申し上げます。
 明日からの鳥取市での「再会と出会い」に胸を膨らませている老脳です。
 
 

2010/12/02

疲労度より充実感



 ~こんな「写真」版から何を?~
 角田先生も、「いよいよ脳が変になった!?」と、ご心配の方もあるかも知れませんね。いきなり「講演・旅日記」とは全く無縁の(ような)写真がトップに登載されているのではその様に誤解されても仕方ありません。
 3段目の写真はある飲食店のトイレの張り紙です。
 今日のブログでは登載の心意と深意と真意を明かしません。読者の皆さんの勝手な想像に委ねます。今日の写真のそれぞれが、この「トイレの張り紙」に微妙に結びつくのです。角田イズム?そうとも言えるでしょう。小さなヒントは「育てないと育たない」という理念に繋がるのです。考察はメールでもお手紙でも結構です。お待ちしています。
 さて、昨夕遅い時間の帰宅になった老体は、やっぱり疲労感を抱きしめて遅い時間に起床しています。午前7時の起床は「疲労度」の高さを証明しています。それとは無縁ですが、隣組みのご主人が逝去なさったという「想定外の対応」も付加されたのが昨晩の帰宅直後の出来事でした。終日、落ち着きのない時間を過ごすことにもなってしまいました。そして、また、寂しくもなりました。孫達にも良くお声をお掛けいただいたお祖父ちゃんですので、その光景を浮かべては妻と一緒に哀しい時間を過ごしてしまった一日でした。
 そんな折り、退職した校長先生からメール(1段目)が届きました。
 ご一読いただくと、本日の主題(=トイレの張り紙)にグッと迫ることが出来ると確信しています。退職して、「元の職場を外から見る」とこのような冷静な「判断基準」が明確に分かってくるのです。退職後の業務を忠実に果たしている実直な人生の証であるかも知れません。
 2段目のメールは、12月2日訪問の学校で「授業提案」をした教師からです。帰宅日よりずっと前にメールが届いていました。授業者のメールに「授業記録=角田メモ」なる表現がありますが、授業観察をした視線から「メモ」した、オリジナルの用紙です。今回は、そのメモを校長先生にお渡して帰って来てしまいましたのでご紹介は出来ません。大したことをメモしているわけではありません。殴り書きですので後で当の本人が読んでも判断できない箇所もあるような雑記帳です。メモが沢山取れるほどにとても参考になる「提案授業」でした。参観した同僚の教師集団には得るものが多かったのではないかと確信しています。
 最後の写真版は、11月30日の授業者に送信した資料です。
ブログで公開して欲しいとの要望が多かったので登載いたしました。何百もある「手作り・自作・創作」の資料の一つです。授業者への送呈資料としました。
 ところで、ホッとする間もなく明後日から鳥取市に向かいます。また、待っていてくれる先生達との再会が楽しみです。老けている暇がない!!(笑)です。




















いつの間にか「師走」に!

 ~今日から出講活動復活~
 昨日から12月になっていました(笑)。
 通例では「今年も後一ヶ月となりましたね」と、ブログに書き込むのですが、30日の感動的な授業に魅せられて少々テンションが狂いました。加齢するほど「感動と感激」から縁遠くなるとは意識していますが、まだまだ精神構造の衰退には歯止めが掛かっているようでした。嬉しいことです。授業者からの感動的なメールもブログ登載を予定していましたが、私的情報も含んでいることを考慮して回避することにしました。ご理解願います。
 今朝は3時に起床しました。
 今日から広島への出講です。10月上旬の遠距離出講以来の「旅」になります。2ヶ月も「旅支度」をしないと、すっかり怠惰的モードになってしまうようです。準備することから、何だか面倒くさくなってしまう?これって、やっぱり加齢症候群?ぶつぶつ言いながらも準備が「ととのいました!!」。
 少し朝の早めの時間に新幹線に乗れば、午後からの広島市内の学校での授業研究会に十分、間に合うんですよ。信じられないほどの行程ですよね。そんな時代になるまで生きてきました(笑)。夜は広島の美味を食しながら、親しく多くの先生方と歓談が出来るとの情報です。とても楽しみです。しかし、連日連夜の歓迎食事に現を抜かしている(笑)と、爺の体調が狂ってしまいます。これこそ貴重な経験値です。3日の夜は空けて戴いています。校長先生方のご配慮に感謝します。4日まで広島で仕事をして、5日は東京の国際展示場にとんぼ返りです。
 茅ヶ崎への戻りは5日の遅い時間になってしまうとなる予定です。
 従いまして暫く、ブログは休刊です。帰ってからの「旅・日記」をご期待願います。

2010/12/01

「小学校英語教育」を考える朝・・・





  ~フツーにやれば!?~
 普通に出来ないのが「研究授業」における指導者の心理。学校教育関係者にしか理解できない心理状態かも知れないが、実は、その極値に至るには幾つかの条件が存在することにやっと気が付き始めた。教職を辞して早や7年が過ぎる。四捨五入すると年齢も70歳になる。そんな老輩(廃)になった今頃、ホンの少しだけ分かり掛けてきている。その嬉しさのお裾分けをしよう。
 今朝もいつものように3時40分に布団から抜け出て書斎のPCに向かう。
 昨日の「研究授業」参観の興奮の余韻は確かにある。いつもの通りに数通のメールに返信をして、授業研究協議会で公約した、この「ブログ作成」に挑む。加齢は着実であるが、嬉しいことに「感動」を揺さぶる琴線は、未だしなやかさを保っていてくれるらしい。「興奮」として早朝の老脳にまだ十分な刺激として保存してくれていたことが何と嬉しいことか。
 茅ヶ崎市立東海岸小学校。
 2年越しの「小学校英語教育」に関して指導を続けている小学校である。2011年早々に公開研究会を予定している(上掲「一次案内」参照)。この小学校は所謂、国・県・市教委の『指定研究』学校ではない。業界用語で言えば「自主発表」を考えている小学校である。きれい事で挑めるほど、教員社会は甘いところではない。多種多様な教育論や研究論があり、管理職の一存で達成されるような世界でもない。しかし、この小学校での「研究協議会」は他校には無い一種独特の共同体意識が感じられる。協議会を営むグループ(校内研究部)のミニ集団のリーダーシップが見事であるとしか言い様が無い。参考までに校内研通信の最近版を登載しているので隅々までお読みいただきたい。共同体を形成する基本的な活動であることが理解できるだろう。
 何よりも授業である。
 前回の授業も凄かった。と言うより「ここまでやるか!」と言うほどに度肝を抜かれる「小学校英語」の授業であった。英語が堪能で、流暢な発音での展開では無い。聞き取れないぐらいの英語しか使用していない教員が、何故か輝いて見えた。それは、無理がない「フツーにやれば」精神が、この小学校では出来上がりつつあることが最大の要因であると確信し始めた。
 そして、昨日の教場。
 この小学校では、5~6年生の「英語授業」に備えるための準備段階(=馴らし教育)として1年生から「えいご」に親しませているのが魅力的である。3年生の授業を観た。15分ばかりの作業が組み込まれるのが「馴らし教育」の王道である。「冬のイメージ」で子供達が思い思いに小さな紙片に絵を描いた。期間巡視から、担任(授業者)が取り上げられたのが、上掲した作品である。読者の皆さんには、この絵が何であるかお分かりでしょうか?
 日本文化を見事に描いた作品である。取り分け作品の「上段」(黄色の絵)には度肝を抜かれた。茅ヶ崎市の小学校英語教育には市教委の配意で外国人講師と日本人英語アドバイザーが派遣されている。当然、この研究授業の教室にも2名の外部講師が絡んでいる。二人の(授業者にも子供達にもわからないように)協力し合っている光景をプロである小生は見逃してはいない。参観した教員の殆ども気付いていなかったのではないだろうか。この絵は「ゆたんぽ」である。外国で「ゆたんぽ」は使われているのか?二人の外部講師の配慮で、授業者が英語で質問した。Do you use HOT WATER BOTTLE in your country ?  明るく闊達な子供達に一瞬、異様なまでの静寂が襲ったようだった。担任の先生が、(外部講師の助言と指導を得て)その場で英語問答の時間を作ったからである。勿論、担任教師が「ゆたんぽ」を英語で何というのか、等知っているはずがない(失言?)。日本人アドバイザーによる「陰の協力」があばこそ。外国人講師は授業を抜け出して調べて再入室していた。あの数分の緊張感と驚きこそが小学校英語教育の狙うところではないだろうか。もう1枚の絵は「紅白歌合戦」だそうだ。小学校3年生の英語語彙が現れているので覗き込んで貰いたい。
 表現が拙いので、読者の皆さんに臨場感を伝えきれないのがもどかしくなる。45分間を、オールイングリッシュで・・・・なんて、フツーにやれば?出来るモノではないし、必要性も感じない。英語への興味関心が芽生えてくれれば小学校での英語教育は万々歳!級友が描いた「ゆたんぽ」の絵が英語への興味関心を増幅させてくれたような気がして我が意を得たりの境地に至った。
 ホンモノの英語教育は中学校の英語の先生達に委ねましょう。無責任?いいえ、教育の醍醐味はその「真からの無責任」にしか産まれない。こう述べる小生の発想が「無責任」でしょ?教育は他力を活用できる人にしか大願成就は為せないのです。担任教師一人が「学級王国」主義の教育で自己満足しているようでは子どもが相手になってくれない時代です。
 この小学校の強さは、誰もが「おれが・わたしが」の意識ではなく、「皆で渡れば怖くない」主義をフツーにやろうとしているところである。この共同体意識こそが「学びの共同体」づくりの根源ではないだろうか。15年前になるだろうか。市教委勤務時代に盛んに口にした「学びの共同体」という言葉。その小学校英語バージョンであることに気付かせて貰った。
 昨夜遅く、授業者から感動のメールも届いた。目頭が熱くなっている早朝である。






自己紹介

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1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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