10月26日(月) 雨
浴室の窓はまだ真っ暗(5:00)。
それもその筈。今朝はかなり強い雨脚が耳に届くほどの天候のようである。ラジオを聴きながら湯舟で『腰湯』(=半身浴)を満喫する朝の日課が始まった。
農業従事者というリスナーからのメールが紹介される。「やっと雨が降りました。野菜達も元気になりました。これで美味しい野菜を消費者の皆さんにお届けできそうでホッとしている朝です」、と。心が和む放送である。
昨夜、就寝時に「寒気がする」状態だったので目覚めの瞬間が心配だった。週の後半は広島市の小学校での仕事をお請けしている。先週も鳥取から浜松と忙しく出向して帰ったばかりでもある。健康であることは絶対条件と考えている。大勢の人と接触しないことが(新型)インフルエンザ感染予防の得策とは知りつつも、そんな状況下に敢えて飛び込まなければ私の業務は遂行できない。感染自体は仕方がないとは言え、依頼者に多大なご迷惑をお掛けすることになるのが忍びないのである。
健康管理の重要性をかなり意識するようになったことは「加齢の証」としても事実である。体温計の35.9度(つまり、朝の平温)を示す水銀柱の先端を見るとなぜか、昨夜の心配はどっかへ吹っ飛んで行ったようだ。急に元気になっているのだから現金なモノ。今日も元気に一日の出立である。
もう一つの「元気印」が、このブログへの挑戦である。管理人さんから特設・準備をしてもらって、「65歳・新たな人生の船出」のデザインが今朝、パソコンに送信されていたのである。『高齢者』の仲間入り記念として、HP管理人さんからのプレゼントである。歩禅記を直に書き込めるようにしていただいた配慮に感謝である。
「生きる意欲」が萎えない限り挑み続けようと心に誓いました。
歩禅とは、『安岡正篤 人生を拓く』(神渡良平 著 講談社+α新書)で拾った言霊です。千葉県で早朝ウォーキングを長年実践しておられる方の言葉として紹介されていました。沈思黙考の「坐禅」に呼応するものだそうです。ふと読み留まったのは我が愚脳にも大きな電撃が走ったからなのです。歩きながら自然界に身を委ね、自然界に畏敬の念を抱き、そして自然界に語りかけることのできる自分を見いだすこと。これを「歩禅」と利己的に理解しました。坐禅が苦手な私には「静かに座して己と語る」ことに替わるべく言葉として受容できる気になったのです。だから私には単なる言葉としてではなく、『言霊』(ことだま)となったのです。 平成16(2004)年10月20日 還暦に記す ~以降「散歩日記」を歩禅記として継続発信中~
自己紹介
- 角田明
- 1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。
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