2011/03/03

ついに、来る所まで来た?

 ~『桃の節句』という日に・・・~
 遠距離への出講のために電車や飛行機を使うことが多い。
 取り分け、新幹線を利用することも多く車中で長時間を過ごすことが少なくない。「時間の使い方」には事前準備をしておくことも珍しくない。70歳にも近くなると時代の波に取り残されがちな事ぐらいは重々承知はしている。しかし、とても気になる光景が目立って見受けられるようになっている。大都市での仕事の場合には、幹線の電車内では取り分けその現象が顕著である。
 それは、「握りしめて離せない携帯電話」である。
 使用していない場合でも片手には携帯電話が存在している。まるで「御守り」でも大事に持っているかのようにさえ見える。立ったままの車中で移動する場合もある。観るとは無しに見える携帯画面の美しさに「利器」の長足の進歩を感じる。恐怖にも似た感情になる。周囲の存在を全く無視した動体は「社会性や人間ならではの常識」から完全に離脱した非コミュニケーション動物になってしまっている。「袖すり合うも多生の縁」という日本人文化の優雅さとは全く無縁な態度として目に余る。鞄がちょっと触れると、嫌悪感に充ちた迷惑そうな表情で「接点から離れようと」努める光景など、世紀末的光景にしか映らない。『携帯電話依存症』とでも造語しようか。典型的な『人嫌い』の要因になっている。
 今日は鍼診療のために早めの時刻に妻と一緒に家を出ることになる。
 通常の起床時刻より1時間早く始動している。3時には朝刊も配達されている。朝刊のトップ記事には、ここ数日間マスコミを騒がせている大事件が、ついに楽日を迎えたように大きな活字が踊っている。来るところまで来た!見出しだけを眼で確認しながら、そんな思いで哀しい気分になってしまった。車内現象は、受験会場までも汚染していた。何となく人間社会の世紀末を予想せざるを得ない気分になる。
 今日は、「桃の節句」。
 ・・・・灯(あか)りを点(つ)けましょ ぼんぼりに お花を あげましょ 桃の花・・・長閑で素敵な文化の香りが漂う日本文化が萎れてしまいそうな朝である。登載した写真は、先日訪問した小学校の校長先生から「お土産」としていただいた和菓子の包装紙である。妻が大事に保管していたモノ。製造者の記名もなければ宣伝文句もない。商業主義からは逸脱した包装紙である。今時、珍しくありませんか?どこをみても「どこのお菓子?」と聞かれても答えも出て来ない。そんな包装紙に老夫婦は感動したのである。
 解くに解けない難題?包装紙だけで、商品はともかく、製造者や産地から「謎解き」が出来るのが現代常識。黙っていても生産者の存在をアピールするのがコマーシャリズムの当代の常識。しかし、この包装紙からだけではその答えは出せない。つまり、実体験という「美味の感動」や「いただいた嬉しさ」という当事者でしか持ち併せていない体験でしか応えられない代物である。
 携帯電話で「この包装紙で包まれていたお菓子の製造者を誰か教えて下さい」と発信しても答えは返って来ないかも知れない。
 携帯電話の便利さに大いに助けられ、発明者(会社)に感謝している人も多いだろう。そこを是認しつつも、ついにこんな事件にまで発展していようとは、とは創案した人にとっては迷惑な話かも知れない。余計な事で心を痛めている「桃の節句」の朝である。 

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自己紹介

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1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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