~やったぁ、泳げるぞ!~
小学校に通っていた日の思い出の一つの風景。
最近の関東地方の気象状況がその頃の九州に良く似ている。気温と日射力がそうである。皮膚がんや日射病は九州だけで気を付けるモノではない。少年時代(九州・熊本)、梅雨明け宣言が待ち遠しかったのを思い出した。梅雨が明ける前には「泳ぐこと禁止」が子供の常識となっていた。
通学路の隣に川が流れていた。
ある日、あまりの暑さに5人の少年たちは「誰にも言わない」約束で泳ぐことになった。竹藪の中にランドセルと脱いだ洋服を置いて裸で川に飛び込んで楽しい時間(笑)を過ごして、何事もないような顔で帰宅した。今のように帰宅後の電話連絡手段などないので頓着することもなく翌日も登校した。朝の登校を済ませて運動場で遊んでいた。5人の仲間の一人がいないのに気が付いても「昨日の禁断の水泳」の結果が担任の先生にバレていることなど夢にも思っていなかった。
恐ろしかった担任教師の形相が襲ってきたのは朝の会であった。
そして、梅雨も明けていない時期の遊泳は「絶対禁止」だったことへのご法度破りの刑が敷かれた。その後、中学校に入学しても高校生になっても「梅雨明けと水泳」の関係は「心の掟」として脳裏から消えることはなかった。
梅雨時期の健康管理を「水泳と絡ませて」教えてもらった当時の大人力に、今となっては脱帽である。
歩禅とは、『安岡正篤 人生を拓く』(神渡良平 著 講談社+α新書)で拾った言霊です。千葉県で早朝ウォーキングを長年実践しておられる方の言葉として紹介されていました。沈思黙考の「坐禅」に呼応するものだそうです。ふと読み留まったのは我が愚脳にも大きな電撃が走ったからなのです。歩きながら自然界に身を委ね、自然界に畏敬の念を抱き、そして自然界に語りかけることのできる自分を見いだすこと。これを「歩禅」と利己的に理解しました。坐禅が苦手な私には「静かに座して己と語る」ことに替わるべく言葉として受容できる気になったのです。だから私には単なる言葉としてではなく、『言霊』(ことだま)となったのです。 平成16(2004)年10月20日 還暦に記す ~以降「散歩日記」を歩禅記として継続発信中~
自己紹介
- 角田明
- 1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。
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