2012/11/19

こんな楽器、ご存知??

 ~『プサルタリー』の音色に魅かれて~

 妻の叔母から招待状が届いていた。

 1年ばかり前に77歳で叔父が他界した。叔父は妻の母の実弟である。九州生まれの叔父が30年前から茨城県取手市に住んでいた。取手のマンションには何回も訪問していた。そして、取手市に隣接する土浦市に我々が引っ越して来た。車で30分で行き来が出来る距離に住むことになった。姪の転居を心から喜んだ叔父も、転居して半年後に他界した。母親の実弟は高校時代の多くの時間を妻の実家で過ごすほどだったそうだ。小学1年生だった妻には一番身近な叔父として可愛がってもらって育ったようだ。「ご縁」とはこんなことなのだろうか?遠く故郷を離れた叔父と姪が至近距離で生活する。叔父の葬儀には、小生も共にフルに出席できた。

 10年近く病床にあった叔父に献身的な看護に明け暮れた叔母の姿を妻はハッキリと見届けている。その死後、(義理の)叔母の体調を妻は心配していた。ところが、叔父が挑戦していた楽器演奏に叔母が挑んでいるという情報を得た妻は心から喜んだ。その叔母から「初めての演奏会」の案内が届いたのだ。

 下の二人の孫の守りが依頼された日だったので、二人を連れて4人でコンサート会場に臨んだ。当然ながら楽器の合同演奏を聴くのは初めてだった。二人の孫もびっくりしたのか、休憩時間に「楽器の普及活動」として弾かせてもらってご機嫌だった。珍しい形をしている楽器なので観客の皆さんも異口同音に「初めて・・・」と言葉が飛び交っていた。

 帰宅したのが5時近かった。爺婆の「孫守り」の大任も無事に果たせた日曜日になりました。プサルタリーの癒しの音色を思い出して床に就くことが出来ました(謝)。

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自己紹介

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1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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