~実在の「母親」がいなくなると・・~
母の日も忘れてしまうのかな?
昨夜の帰宅は夜9時半ごろ。通常ではもう「眠り」についている時間である。上野駅でJR常磐線特急電車「スーパーひたち号」に乗り込んだ時、赤いカーネーションが目に入ったことは記憶していたが、疲労度が常識度を倒壊していたのだろうか。関知しないままに帰宅した。
帰宅後は風呂に入ってすぐに就寝。
朝の目覚めの妻の一言。「いただいたカーネーションは仏壇に上げましたからね」にも、感性の鈍さは昨夜の延長線上にあった。この地に転居して間もなく1か月が経つ。その間、小生独りで遠くへ出かけたのは昨日が最初であったことにも気づいていなかった。長男一家は、祖父ちゃんが仕事に出かけて祖母ちゃんが一人で夕食を摂ることになるので母屋に呼んだようだ。孫たちと一緒に「母の日」のお祝いにケーキを食べたそうだ。1輪のカーネーションを嫁からもらったらしい。母屋には仏間がある。九州で使い込んだ立派な仏壇は運ばれて、ここの仏間の主としても君臨している。娘である妻は、嫁にもらったカーネーションを仏壇の母に捧げたということを伝えたかったようだ。
午前中は亡羊のごとく、数か月ぶりの仕事の後遺症と過ごしてしまった。
「母の日」だったことを鮮明に思い出すまでにかなりの時間を掛けてしまい、少々恥ずかしいやら気まずい思いが完全な目覚めの大脳内を駆け巡っている。男勝りの実母が生きていたら、何と言う表現で不孝な息子を詰っただろうか?
深い反省をしながら、遅まきながら母屋の仏間を覗いた。
歩禅とは、『安岡正篤 人生を拓く』(神渡良平 著 講談社+α新書)で拾った言霊です。千葉県で早朝ウォーキングを長年実践しておられる方の言葉として紹介されていました。沈思黙考の「坐禅」に呼応するものだそうです。ふと読み留まったのは我が愚脳にも大きな電撃が走ったからなのです。歩きながら自然界に身を委ね、自然界に畏敬の念を抱き、そして自然界に語りかけることのできる自分を見いだすこと。これを「歩禅」と利己的に理解しました。坐禅が苦手な私には「静かに座して己と語る」ことに替わるべく言葉として受容できる気になったのです。だから私には単なる言葉としてではなく、『言霊』(ことだま)となったのです。 平成16(2004)年10月20日 還暦に記す ~以降「散歩日記」を歩禅記として継続発信中~
自己紹介
- 角田明
- 1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。
0 件のコメント:
コメントを投稿