新聞記事の中から発見したコラムです。「読書する」分量には不足ですが、一読してみていただけませんか?先日、他界された天野祐吉氏の遺作です。世相と時代の変遷ぶりを振り返ってみるのに好材料として選択しました。
お願い:感想は小生のアドレス宛 chts415@jcom.home.ne.jpにお届けください。無計画ではありますが、当ブログにてご紹介したいと考えています。
ブログ「紙上・読書会」(1)
「年代ごとに振り返る天野祐吉さんのCMコラム」より
2013年(平成25年)11月18日(朝日新聞)
≪1990年代≫
父帰る?
「父帰る」と言っても、菊池寛の話ではない。近ごろ、不況のあおりで、お父さんたちが早く家に帰るようになったという話である。
あれって、ホントかなアと、相変わらず帰らないお父さんであるぼくは思う。行き場がないから家に帰るなんて、ぼくならそんなときは意地でも早く帰るまいと思うけれど、新聞やテレビを見ていると、みんな素直に家に帰っているらしいのだ。
で、「父帰る」の第二章は。
「なべ売れる」とつづく。これもぼくには信じられないのだが、土なべがやたらに売れているという。お父さんが早く帰ってくるようになって、夕飯は一家そろってなべ料理という家庭がふえたんだそうな。べつにアジの塩焼きでも焼き肉でもいいんじゃないかと思うけれど、久しぶりに帰ってきた家庭だんらんのイメージには、湯気の立つヌクヌクのなべ料理が似合うんだろう。
となると、もう第三章はきまっている。「父帰る」 「なべ売れる」とくれば、人情としても次は 「妻よろこぶ」の番である。が。
「父帰る」と「なべ売れる」まではマスコミでさかんに言われているけれど、「妻よろこぶ」という話は朝日新聞にも出ていない。それどころか、世間の奥さんたちの間では、「父帰る」 「なべ売れる」の次の章は「妻困る」じゃないかという声がささやかれているそうだ。
さっき見た東京ガスのCMでも、早く帰ってきた夫が「ただいま」と玄関のドアをあけると、奥のキッチンでは妻がのうのうと電話をかけていて、電話の相手に 「あら、帰ってきちゃった」なんて、言っていた。ま、早く帰ってくるのがメイワクとまでは言わないけれど、いまや妻には妻の生活スタイル(夫ぬき)ができあがっていて、不況だからといって急に早く帰ってこられたりするのは、やっぱり「困る」んじゃないだろうか、とぼくは思う。
念のために言っておくが、ぼくは日本の家庭にあたたかいぬくもりが帰ってくることに反対しているわけではない。不況もそういうことで役に立つなら、けっこうなことだと思っている。が、家族や家庭の再生というのは、そんなカンタンなものではないだろう。早く帰ってくるだけではなくて、男たちの意識が根っこのところから変わっていかないかぎり、何も生まれてはこないんじゃないだろうか。「父帰る」より「父変える」のほうが、ずっと大切なんだと思う。
そこは変わらぬまま、なまじっか男が早く帰ったりすると、それだけ顔を合わせている時聞か長くなって、また「亭主元気で留守がいい」の大合唱が起こるんじゃないかね。 =1993年3月6日 記事=
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