信じられん! いや、やっぱり?
疑って掛かる気持ちなどさらさらない。「主観」で判定され選別される業界のことを小生は別世界と勝手に呼んでいる。代表的な別世界は、芸術・芸能と称される業界である。我にその能なし!との自己評価の劣等感からか、じっくり鑑賞する習慣すら着いていないので庶民以下の人類かも知れない。
どこがどう違って優劣がついているのか?
知人や友人に書家も画家もいる。創り上げる作品で生業を立てている彼らの苦労は、その修業時代から理解しているつもりではある。その業界で著名になると作品の頒価に度肝を抜かれたこともあった。芸術の世界の「奥の深さ」とばかりに、別世界と呼称してしまったのかも知れない。
日本では最近トップ級の人気スポーツにフィギュアスケートがある。そして復活が喜ばれている男子若手選手の大活躍で人気再生を果たしている体操競技もある。細かな技術点の仕分けがあるらしく得点の付け方が解説者によって丁寧に説明されるのは好感が持てる。お蔭で、納得した気分で「得点競技」の観戦を楽しむことは出来ている。しかし、順位付けへの心底からの納得は未だに満足感はない。複数の審査員が算定したものを合計として小数点以下の数字まで発表されるので芸術品の評定とは全く異なる事だけは認知はできるので観戦の愉しみもある。
前衛書道と分類され始めた時代に観賞した「書」に違和感すら持ちつつ「芸術・芸能」界は、別世界と決めつけて興味関心も失せていたのである。幼心に培った「上手だね」という評価だけでは差異が付けられなくなっているんだろうなぁ~、と自らを納得させながら古希を迎える歳になってしまった(笑)。
どんな世界でも評価の先に「優劣」が付くことになる。
スポーツの世界と芸術・芸能の世界とでは評価の基準が違うことは理解できる。ところが、昨今、その『業界のウラ業』が権威となって「玉ころがし」的な戦術が蔓延っていたことが明らかになった。国民の一人としては、その世界の裏で闇に葬られてしまった芸術家が多く存在したのではないか?こんな浅ましい考えをしてしまう自分を恥ずかしいとも思うが、やっぱり心は晴れない。
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