2010/04/07

新・歩禅記(22)

  ~長生きしたくて歩く?~
 「歩禅」という表現は、退職直後に読んだ本の中で「歩きながら生き方を考える」と言う意味です。
 使用されていた箇所を引用させていただいて語尾に「記」を付けて、辞書にも載らない造語になりました。そして、「歩禅記」を書くことにしたのは、「歩きながら考えたことや気づいたこと」を、そのままに文章表現しておけば忘れてしまいそうな事柄でも後日読み返すことできるかも知れない。何らかのプラスになれば、と考えついたからです。つまり退職後の「歩くこと」への一念発起の証なのです。
 長生きをしたくて「歩禅を採り入れている」とまで言明は出来ません。
 足腰の衰えのために他者の力添えを必要しなくてはならなくなる年齢を少しでも遅らせたい、と思っていることは事実です。多くの同僚達が激務の連続だった現役時代を何とか乗り越えて退職します。「毎日が日曜日」は、現役時代に最も憧れた「夢の時空」でした。しかし、いざ現実の生活として直面してみると「自由な時間」が多くなればなるほど「自由裁量」の意思の弱さを吐露してしまいます。不規則な生活から健康状態に変調を感じるようになってしまいます。恐ろしいことです。
 歩禅記を書くようになってから6年が経ちます。
 読み返すと恥ずかしくもなりますが、「歩くこと」の習慣性が定着していることを実感することが多くなりました。自宅~JR茅ヶ崎駅の30分間の歩行は全く苦にならなくなっていることがその証明です。カバンは手提げ型ではなく背負う形(リュック)にしたのも歩行が楽であることからです。
 掲載新聞は本日の朝刊からです。
 大好きなプレーヤーだった野球選手(巨人・木村拓哉コーチ)が37歳の若さで本日未明に人生を終えたニュースを知りました。衝撃が大き過ぎました。死因は「くも膜下出血」とのこと。「脳卒中」という分類に入る病名だと知りました。偶然ですが、「速く歩く」ことと脳卒中との関連データを新聞記事で読みながら、隣にいる妻と情報を分け合いました。
 午後から降雨の予報でしたので、午前中に歩禅は済ませました。まだ、その時点では訃報は無かったのですが、朝刊記事については夫婦の対話のメインテーマとなりました。妻には強力な後押しになる記事になったようです。夫には「男性への後押し」にはならなかったのがチョッピリ不満でございます(笑)。
 途中で予報より早い雨が落ちてきたので30分少々で引き上げて帰宅しました。こんな歩禅もあります。

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自己紹介

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1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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