2010/05/11

「小学校英語」に悪戦苦闘


  ~「意」は通じる?~
 週末に浜松市で「恒例の公開・英語授業」をすることになっている。
 浜松市は、主宰する教育実践『響の会』の拠点地区でもあり10年もの長きに渡って通い詰めている。官民協働を唱う意識をいち早く受け止めていただいた地域でもある。「小学校英語」が来年度から本格実施になっている。参会者には「手土産になる講座を」と真剣に考えた結果、小生が授業公開をすることにして既に2年間が過ぎている。文科省の提唱とは少々ずれる部分があっても「現場感覚」を優先させながら公開授業を今回も継続して公開することになっている。
 小学校での「英語教育」が、いよいよ、来年度からは本格実施になる。
 週末の公開授業の「教材」を選定しながら今日は孤軍奮闘であった。今日中には、浜松『響の会』事務局関係者には資料として送信することになっている。先方には印刷する雑務も、本務以外に課されている。読み物教材をメインの資料(写真下段)にして授業のデザインをした。
 そこに届いた「一枚の葉書」。(写真上段)
 送り主は直接の教え子ではない。このように表現すると冷たい関係に取られそう?
送り主が誕生したばかりの時、この子のお姉さんは中学3年生。担任が小生でした。家庭訪問した時の新生児。お母さんに抱っこされていた赤ん坊がこの葉書の送り主。勿論、担任したお姉さんとは卒業後も、折に触れて交信は絶えていない。すっかり成長した赤ん坊も、小生が茅ヶ崎市教育委員会勤務の頃に、ある中学校で再会した。名乗って貰ってわかった。海外青年協力隊で活躍中との報告だった。その後、英語の教師となり(お姉さんからの報告)ご縁が九州・鹿児島県にあったようだ。学校勤務の様子も几帳面に報告を受けていた。本人からも幾度となく葉書が届いている。
 指導主事を拝命したという情報をこの葉書で知った。「時の流れ」を感じる。葉書の主の記憶に残らないような時期(幼児)に実母が他界されている。担任した長姉の心的苦労も理解している。立派に成長している末弟の晴れ姿を、お姉さんとしては母親に知らせたいだろう。そんな熱い思いも交錯する一枚の葉書である。直筆の「小学校英語指導に悪戦苦闘しております」という現職指導主事さんの本音が、とても爽やかに心に染みる「元・指導主事」の心の夕暮れです。
 


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自己紹介

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1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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