2010/05/14

教員に戻った気分?

  ~論文の添削指導~
 本部から送付される論文用紙。
 教員採用試験では、「論作文」と言うのだそうです。大昔の受験者には耳慣れない用語ではありますが、毎日のように目を通していると「論文+作文=論作文」の等式が妙に納得いくようになっているのが不思議です。卒業論文を書き終えたばかりの受験生には「論文」の延長線上にあるのでしょうかね。教員の経験が無い受験者に「教育課題に対して論じる」ことは残酷なことです。論点が不定のために論旨が理解できない「作文」に出会う度に益々、ある確信を得るようになってきました。
 それは、作文の基礎学力が乏しいと思うことなのです。
 全国の(とは大袈裟です!)小学校の授業研究にお招きを受けます。教科が指定されていようが、いまいが「指導助言者」としての立場から『国語の授業』に視線が行ってしまいます。手元に届いた指導案を事前に目を通しながら思わず呟きが飛び出します。指導案の体はなっていても中身の文章表現が緩いので「指導する」意思が伝わってこないからなのです。何をどうしたいのか?どんな風に展開させながら指導したいのか?・・・と。
 それ以前に気になるのが、子供達の作文力です。義務教育の期間内で「できる」作文力だけは付けさせておかないと「大人になって困る」ことになります。現実に苦しんでいる「若者世代」と、作業過程で出会ってみると同情心すら湧き起こってくるのです。
 すっかり気分は教員時代。
 いつも真剣に生きているはずの夫。ここ10数年見かけなかった夫の後ろ姿を見ながら妻が「生き生きしていますよ」と言うではないですか。思わず苦笑いで誤魔化したモノの「昔取った杵柄」の触感は、やっぱり身体の隅々が覚えているようであります。
 今日の分を添削し終えて郵送しながら今日は県外に出講です。明日は現職の教員諸兄の研究会です。第一部示範授業、第二部研究協議の構成になっています。授業も張り切りますが研究協議会でも
現実の体験談を「偉そうに」(笑)吹聴して来ますか!!
 
 

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自己紹介

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1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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