~身体は老化の一途・・~
つまり外見は言わずもがな、中身もどんどん老化していることを実感する日々。
それは仕方のないことで諦めも日々確立してきています(笑)。早速、30代の小生の写真をご覧になった感想をいただきました。えっ?驚いた?当然でしょ!そうですねぇ~、「変わった」自意識の最たるモノは頭髪でしょうか、ね。孫に頭を撫でられながら「ピカピカしているよ」、と何度も言われる内に頭内を司る脳神経もすっかり麻痺しております(笑)。
浜松の先生が管理していただいている小生の、このHPに長い間掲載されていた「似顔絵」も、講演でお目に掛かった全国の皆様方から「実物とは随分違った・・」との酷評(?)を得ましたので管理人さんと相談して「新・似顔絵」を登載していただきました。以前の似顔絵を描いていただいた中学校の美術の先生にお願いして描き直してもらったのです。そんな経緯も物語っているように「変わるモノもあるんです」と、敢えて伝えておきましょう。
この歳になっても変わらないモノ?
それは、加齢症(小生の勝手なネーミング)を実証するモノ。ぼやきと嘆き節でしょうか。主たるモノは日本文化に根付いた素晴らしい伝統が廃れ、根も葉もない「文化」が蔓延ってしまった世相に対しての憤怒をぶつけたい嘆き節かも知れませんね。
今日の「出来事?」もその一つ。
これをぼやき始めたのは、まだわが子達も小中学生の頃だったように記憶しています。学校にチョコレートを持って来て良いか、との議論が職員間で涌いた頃でしたね。「なんで?」という問いかけは、何で持ってきて良いかを議論する職員集団か?との疑念だったのです。商業主義に振り回される日本民族の「根無し草」的な発想に苛立ちを感じたからでした。キミは頭が硬い!と先輩から口封じをされました。担任していた学級で、ある男子生徒が「生活の記録」(学校全体で取り組んでいた「日記」)のこの日ページに書いていたフレーズは今でも忘れられない。「僕は今日なんか無くなれば良いと思う」と認め、理由に「母が、いくつチョコレート貰った?と聞くからである」と綴っていた。その後の同窓会でも何回となく顔を合わせるが問い直す気になれない。いつ頃からこんな行事的存在になったのかは研究する気もないが、何を根拠にして蔓延ったのかも全く関知していない。コマーシャリズムの悪影響?
先般のこのページでもご紹介しましたが、小学校英語という授業での連想ゲームの話題を再燃させましょう。『冬』から連想するモノとして、現代っ子は 第1位がクリスマス 第2位がウインタースポーツ 第3位がお正月(お年玉)・・・・と、こうして分析するに「大人たちが蒔いた種」が長い歴史を辿って確かに芽を出していました。どこに日本の文化風土が「冬のイメージ」に連なっているのかが全く見えなくなっています。そんな教室に男児達がが描いた冬のイメージに「湯たんぽ」と「炬燵の上にあるミカン」 の絵がありました。それを取り上げた指導者に大きな拍手を送りました。 Christmas snow ski skate e.t.c. と、英語の授業ですから、誰が考えてもこんな単語に飛びついた方が子供達も「乗ってくる」授業が展開できるでしょう。しかし、英語教育のプロとして自認する小生にとって、自国の文化を知らない人間が外国語を学んでも「自国を語れない」という哲学があるのです。そんな日本人では国際外交など出来るわけがないのです。昨日のブログでも記しましたが、通訳として視察もしてきた経験の中で、日本人でありながら日本文化を説明することが出来ない惨めさをイヤと言うほど味わい背中から滝のような汗が流れ落ちる苦しさを体験したからなのです。
一昨年、愛知県下の小学校で「英語教育」に触れる機会を頂戴しました。
ソング・ゲームばかりで楽しめるのは低学年だけです。無意識の内に日本人としての成長を続ける高学年の児童になるとそんな授業から逃げ出したくなるのが当たり前なのです。あの時、この「湯たんぽ」や「こたつ」、(それに「紅白歌合戦」というモノも登場しましたが)、それらを愛知県の教室でも使えたらもっと楽しい英語の授業を提供できたのに、と反省するほどです。
素敵な国・日本に生まれた幸せを保障するのは日本語の確かな維持促進です。
その裏面には日本語を育んでいる「日本文化」を改めて検証しつつ、決して滅びることのないような教育をすべきだと感じているところです。
今日のこの日を愉しみにしておられた方々には少々失言になりましたが、ご容赦願います!
歩禅とは、『安岡正篤 人生を拓く』(神渡良平 著 講談社+α新書)で拾った言霊です。千葉県で早朝ウォーキングを長年実践しておられる方の言葉として紹介されていました。沈思黙考の「坐禅」に呼応するものだそうです。ふと読み留まったのは我が愚脳にも大きな電撃が走ったからなのです。歩きながら自然界に身を委ね、自然界に畏敬の念を抱き、そして自然界に語りかけることのできる自分を見いだすこと。これを「歩禅」と利己的に理解しました。坐禅が苦手な私には「静かに座して己と語る」ことに替わるべく言葉として受容できる気になったのです。だから私には単なる言葉としてではなく、『言霊』(ことだま)となったのです。 平成16(2004)年10月20日 還暦に記す ~以降「散歩日記」を歩禅記として継続発信中~
自己紹介
- 角田明
- 1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。
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