~首都圏の中での移動~
以前、東京学芸大学に出向するのに所要時間を見積もりながら驚いた。
その前後の日程で福島県郡山市にも行く予定があったので、何気なく比較していてひょんな事に気付いたことがある。
「首都圏」と総括的に表現されると、「至近距離」というイメージが先行する。
福島県と聞くと東北地方という括りで考えるので「遠距離」と判断してしまう。実は所要時間だけを単純に見つめ直すと近くて遠いのが首都圏にある都市への移動時間なのである。
一昨年辺りから、ご縁を頂いて名古屋圏に出向することが多くなっている。最寄りの東海道新幹線駅である「小田原駅」から名古屋駅までは所要時間は1時間10分ばかりである。参考までに、自宅から乗車する東海道線「茅ヶ崎駅」から「東京駅」までが1時間丁度ということを考えると今日の話題はご理解できるかも知れません。
今日は、東京駅から上野駅、そして上野駅から浦和駅と乗り継いで移動する旅程である。それぞれの駅での待ち合わせ時間や上野駅構内の移動時間も軽視できないので「所要時間プラス」を加味しないと到着時刻にとんでもない誤差が生じるのである。東京学芸大学まで出向いた時の失敗はそこにあった。浦和駅に着く頃には、とっくに名古屋駅に着いていることにもなる。
こんな話は大衆受けしませんね!(笑)
ともあれ、今朝は久し振りの本降りの雨。自宅傍のバス停から茅ヶ崎駅までバスに乗車することになると更に(駅周辺の渋滞を考えれば)所要時間をプラスすることが余儀なくされる。近くて遠い首都圏への出向もそんな矛盾を孕みながら出発時間を設定するので御座います。アメニモマケズ・・・、待っていただく方達のご期待にお応えできるよう気力を充実させて出掛けることにいたしましょう。
歩禅とは、『安岡正篤 人生を拓く』(神渡良平 著 講談社+α新書)で拾った言霊です。千葉県で早朝ウォーキングを長年実践しておられる方の言葉として紹介されていました。沈思黙考の「坐禅」に呼応するものだそうです。ふと読み留まったのは我が愚脳にも大きな電撃が走ったからなのです。歩きながら自然界に身を委ね、自然界に畏敬の念を抱き、そして自然界に語りかけることのできる自分を見いだすこと。これを「歩禅」と利己的に理解しました。坐禅が苦手な私には「静かに座して己と語る」ことに替わるべく言葉として受容できる気になったのです。だから私には単なる言葉としてではなく、『言霊』(ことだま)となったのです。 平成16(2004)年10月20日 還暦に記す ~以降「散歩日記」を歩禅記として継続発信中~
自己紹介
- 角田明
- 1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。
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