~教育課程に活かす「標準語」と「方言」の使い分け~
“そうなが”。
僅か4つのひらがなで表現されても純粋な地元民でないとこの言葉は理解されないだろう。これは高知市で使われている方言の一つらしい。前回(7月6日)の高知市立一宮小学校での公開授業の最中に男児が発した言葉だった。授業者の小生に意味が通じなかったのがわかったらしく隣の席の女児が、「な」を付け足してみるように促した。そして、その男児が改めて「そうながや~」と方言らしく感情を込めて発した。授業者にもニュアンスは受け止めることが出来た。驚きと感動と、そして納得の三拍子を含んだ素晴らしい「方言」(言語)である。何気なく受け止めあっている言動を日常生活とすれば、学校における教育課程の編成にこの論理を当てはめることは、日常的な学校生活を「学び」の組織作りの基盤にすることができるのではないかと閃いた。
折しも、出版社より原稿の執筆依頼が届いたばかりであったので、この児童の発した「そうながや~」という土佐弁(と言うようである)にヒントを得て書き上げることが出来た(悠+10月号)。
そして、今度の高知市訪問は運動会で演じる組体操がヒントとなり英語の授業として教材化して授業を実践公開してみた。その授業の感想文集が昨日自宅に届いた。開いてみて、児童の感想文から前回と同様な感情を受け止めることが出来た。全国のすべての学校の運動会で行われているのが「組体操」である。表現も学校により異なることは当然である。つまり全国共通に理解される教育課程の中身の独自性にある。実際にその中身を深く追究すると「その学校だけの伝統や取り組み方」があることに気づくのである。どの学校にも無い、その学校だけに存在している「組体操」は正に「方言」と言えるのではないだろうか。その方言を、英語の授業の中に組み込んで「方言の醍醐味」を醸し出したかったのである。これを「特色ある学校づくり」に沿って考えると教育課程の独自性(小生は敢えて「方言性」と表現した)が浮かんでくると確信したのである。
公開授業を希望した小学校(写真)には、運動会当日のVTRを見せてもらうことを要望した。その画面から「だいじょうぶ だいじょうぶ」という言語を拾い上げて授業化に挑んでみた。小学生の英語習得過程の常識的な教育的判断では授業化は不可能である。通訳的な発想では挑戦できない。画面から何回となく聞こえてくる「だいじょうぶ」という日本語を英語で発声する前に日本語の本質的な意味をしっかり考えさせることに、先ず固執して授業構成に取り組んだ。
どんな状況下で「だいじょうぶ」と言う言葉を使用しているか。
これを基にして授業を組み立てた。運動会の組体操で何回となく発する場内アナウンスを聴きながら英語の勉強をする。こんな場合の「だいじょうぶ」って、英語で何て言うのだろうか。これが言語習得の基本であるからだ。この教材こそが、その学校独自の現状を考えるから、「方言」を基盤にする教育課程を具現化する授業と判断したのである。
感想文を読みながら、深い反省もあるが充実感で老脳が充血したようだ。教材化の基本事項として「身近な話材」を考えるという基本的な発想に基づくだけである。
今日は、これからさいたま市教育研究所に出講する。将来の地元教育担う教員集団への講座を担当している。3年越しの通所である。責任の重さを楽しく受け止めながら後輩教師への糧を与えれられるように、今回も全力投球である。昨日の当ブログにご登場いただいた映画監督の新藤兼人氏の言葉ではないが、「燃え尽きるまで燃えなければいけない」の苦言を胸に、意義ある仕事をいただいた恩返しに誠意を尽くして務めてまいります。行って来ます!!
歩禅とは、『安岡正篤 人生を拓く』(神渡良平 著 講談社+α新書)で拾った言霊です。千葉県で早朝ウォーキングを長年実践しておられる方の言葉として紹介されていました。沈思黙考の「坐禅」に呼応するものだそうです。ふと読み留まったのは我が愚脳にも大きな電撃が走ったからなのです。歩きながら自然界に身を委ね、自然界に畏敬の念を抱き、そして自然界に語りかけることのできる自分を見いだすこと。これを「歩禅」と利己的に理解しました。坐禅が苦手な私には「静かに座して己と語る」ことに替わるべく言葉として受容できる気になったのです。だから私には単なる言葉としてではなく、『言霊』(ことだま)となったのです。 平成16(2004)年10月20日 還暦に記す ~以降「散歩日記」を歩禅記として継続発信中~
自己紹介
- 角田明
- 1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。
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