2010/06/30

明日から今年も、もう「後半戦」

  ~脱皮の「音」って聞こえるのかな~
 2010年も半年が過ぎ去ります。
 昨日はもう過去になります。1年間の半分が、「過去」になります。こんな表現をすると「えっ、角田先生もそんな年寄り臭い発想をするようになっちゃったんですか?」と詰問されそうです。いいえ!!以前も同様な発想は「持参していた」んですよ、と応えましょう(笑)。
 過ぎ去っていく日々を懐古しているだけの情意は持ち合わせていません。
 過去の財産で、未来への大きな夢を築き上げたいという願望だとご理解いただきたい。生来、「過去を懐かしがりながら」生きる術は持ち合わせていません。確かに時が流れ、時を積んで確かな「過去」はずっと続いてはいますが、それは「明日への架け橋」のための糧であると確信しているところに小生の生き甲斐が存在しているのです。
 全国の小中学校で「授業研究」なる作業に関わることが多くなりました。頓に退職後の6年間で何十校もの研究会に関わっています。現役で活躍した(そんな時代もあったんですよ、ホントに。)研究会の日々は、確かな「過去形」ですが、現在、関わっている小中学校の研究会は「現在進行形」です。過去があって現在があるのならば、過去の経験値が、現在から未来への架け橋にならなければ過去の徒労は空しくなります。
 学校教育関係者なら誰もが認知している言語に「校内研究会」があります。
 旧態依然として過去を引き摺りながら「歩んでいる」(慣習としての諦めている)学校が多いのに驚きます。それでも名称に「授業」と言う名詞が加わり始めていることには変化への胎動を感じています。「校内」が「授業」に置き換えられて「授業研究会」となり、変容を確認しつつあることはとても嬉しい限りです。
 昨日は市内の小学校への指導訪問でした。
 1年半の訪問を続けている小学校です。昨日の研究会には、『脱皮』する「音」が聞こえたような気がしました。気がしただけですし、実際に脱皮には「音」があるかどうかは、興味範囲外の領域のことですから定かではありません。

 ◎ 脱皮とは、広辞苑によりますと ①は虫類・昆虫類などが成長するにつれて古い皮を脱ぎ捨てること。②古い考えや習   慣を脱して進歩すること。 だそうです。

 この小学校では「研究授業」とは言わずに、『提案授業』と表現しています。教員の発言の中で小生が取り上げた貴重な言葉です。昨日の、その『提案授業』が脱皮の方向性を示唆しました。
 2011年は学習指導要領(小学校)の完全実施に伴い、小学校教育が名実共に大きな方向転換をする節目の年です。つまり、半年後に迫ってきているのです。大綱だけが声高に叫ばれても、毎日実践している「授業」の研究が旧態依然の状況下では被害を受ける「児童生徒」の悲鳴は大きくなるばかりです。授業研究の質の向上には「提案する授業」の新しい方向性の提示にしか期待出来ないのです。
昨日は、経験3年目の若き教師の果敢な『提案授業』を見る事が出来ました。すると、その後の研究会も急変します。当事者には当事者だから聞こえない足音・見えない風景があるのですが、指導者として出席している小生には確かに「聞こえて・見えて」いました。そして研究会の指導助言の出番がありました。少々興奮したのは事実です。嬉しさを隠しきれなかったからです。
 明日から2010年も後半。後、半年で、この小学校の研究会が大きな脱皮の方向性が出来ることに期待が膨らんでいる嬉しい朝です。【ワールドカップ・決勝トーナメント出場の日本選手の大健闘を心から祝福している朝でもあります】 

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自己紹介

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1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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