2010/10/25

豊橋から特産品が届きました。

~柿食えば・・・祖母を思い出す~
 母子家庭で育った小生に、強烈な父性を感じさせたのが怖い祖母の存在だった。夕食前にコップ一杯の「焼酎」の呑む祖母だった。
 その祖母の大好物が柿。
 「焼酎と柿」は、「明。こうてこい(=買って来い)」と良くお使いに行かされた。幼心に覚えていたのが柿の種類だったことを知ったのはずっと後のこと。「ふゆがき」「じろがき」との祖母の発する言葉を真似て「間違いなく」買って帰ったものだった。
 ふゆがき=富有柿  じろがき=次郎柿
 殆ど孫達の口にはいることもなく祖母が美味しそうに食べていた光景はぼんやりとではあるが記憶に残っている。皮肉なことに(笑)、DNAは確かに伝わっている。「焼酎と柿」への思いがそっくり孫の小生の嗜好ではないか。苦笑いもしたくなる。しかし、これは正に隠せない。
 柿の甘さに郷愁を感じるのは、怖くて苦手だった祖母と一緒に食しているように思えるからであろうか。不思議な心境になるのが不思議である。祖母の発した古諺がいくつも脳裏を駆け巡る。「桃栗三年柿八年」の意味も教えてくれた。柿がそれだけの年数を掛けないと成木にはならないことも覚えている。戴いた柿を仏壇に供えながら先祖に感謝の言葉も添えた。
 今年の果物は異常気象で不作だと聞いていた。しかし、今年も立派な次郎柿を届けていただいた。感謝しながら味わいたいモノである。

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自己紹介

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1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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