~年賀状と「わが人生観」~
発売とほぼ同時に売り切れていた年賀状の社会情勢が年々変化している。
メールと言う現代利器の影響なのでしょうか?皆さんはどう考えていますか?そして、もう年賀状の準備は始まりましたでしょうか?小生は、気が付いてみればまだ購入すら済んでいないのです。時勢が変わったと他人事のように述べていますが、時勢の中に生きている自らの意識も変容していることなのでしょうか。
元日の朝。
郵便屋さんの自転車(小生の少年時代は・・・)の音がすると真っ先に飛び出して受け取りに出たものでした。兄や姉にしか届かない年賀状は「オトナの証」のように見えて、年賀状が届くような大人になりたいと思ったこともありました。成長して中学生にもなると家族で購入した年賀状を数枚だけもらえるようになりました。厳選した宛先も、いつの間にか「胸をときめかせる」瞬間となり誰にも内緒の年賀状を書いて投函したものでした。その返事がとうとう届かず青春のハートが傷ついた時代もありました。年賀状の投函締切(元旦配達)を意識して夜遅くまで兄や姉が必死で書いていたのも記憶に残っています。
故郷を離れて学生生活を過ごしました。元旦の何よりの楽しみは故郷からの年賀状でした。思いがけない友人(?)からの年賀状を大事にして、同居していた兄にわからないように隠したことも今となればただただ懐かしい「年賀状の思い出」となっています。
ところで、今年の年賀状準備は?
今日は郵便局がお休みなので明日にでも購入することにしましょうか。今年は、多くの年賀状が旧住所宛てにに届くでしょうから、「住所変更のお知らせ」を添えて返信することも社会的常識(笑)でしょう。転居のお知らせをしていない先輩諸兄や知人・友人にはこの機会を利して転居のご挨拶も考えて事前投函することが当然であろうと考えています。
現役時代は700枚を超えた年賀状が届きました。返事を書くだけで1週間を要したものでした。そんな「年賀状の思い出」も、日本人として生まれた者の幸せだったのでしょう。儀礼とは思わなくなってきました。1年に1回ぐらいは近況のご報告をしてお世話になった感謝の意を添えたいと考えるようになってしまいました(笑)。
歩禅とは、『安岡正篤 人生を拓く』(神渡良平 著 講談社+α新書)で拾った言霊です。千葉県で早朝ウォーキングを長年実践しておられる方の言葉として紹介されていました。沈思黙考の「坐禅」に呼応するものだそうです。ふと読み留まったのは我が愚脳にも大きな電撃が走ったからなのです。歩きながら自然界に身を委ね、自然界に畏敬の念を抱き、そして自然界に語りかけることのできる自分を見いだすこと。これを「歩禅」と利己的に理解しました。坐禅が苦手な私には「静かに座して己と語る」ことに替わるべく言葉として受容できる気になったのです。だから私には単なる言葉としてではなく、『言霊』(ことだま)となったのです。 平成16(2004)年10月20日 還暦に記す ~以降「散歩日記」を歩禅記として継続発信中~
自己紹介
- 角田明
- 1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。
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