2011/12/06

少年の日の思い出

 ~鉛筆を研いで見せると・・~

 小学校4年生になる孫から「昔の生活」という単元(?)での学習支援のために学校に来て話してほしいとの要求がありましたが、その日は以前から請けている講演があり対応できませんでした。申し訳ないと思いつつ、近所の同級生数名を対象にしてミニ講座を開きました。老妻の旧家(熊本県八代市)から『蚊帳』を運んできていたことを思いだして実物を引き摺りだして部屋に張って見せました。驚いた孫軍団は、これが何のために使われていたのかわからないのです。当然名称もわかりません。しかし、中に入った軍団から歓声の連続でした。折しも、「夏休み」中の自宅ショーですので興奮も収まりません。そして、蚊帳という生活用具の用途を説明しました。真剣にメモを取りながら感心する孫の友人たちを確認すると老妻と二人で「こちらが興奮したね」と苦笑いをしたほどでした。
 蚊帳を畳んで今度は、大事に持っていた折り畳み式のナイフを取り出しました。読者のみなさんでもこの「昔の道具」を使用したことのない人が多いのではないかと思いますが、いかがでしょうか?

 この話題は我が家の今夏のことでした。

 孫の社会科の勉強で波及した祖父ちゃん祖母ちゃんの「懐古」授業でした。この写真で名前がわからない方は、新聞記事の見出しの文字をお読みください。小生の少年時代に必携だった生活道具がこの「肥後守」というナイフです。護身用??とんでもない!!生活用具でありました。使用頻度の高かったのは、『鉛筆削り』だったのですよ。

 孫たちの前で、『昔取った杵柄』張りに、鉛筆を削って見せました。感動と興味が4年生の男児たちには当然のように湧き起こりました。「やりたい」「研いでみたい」との要望で4人とも懸命に取り組みましたが、全く巧く研ぐことができないのです。その結果(笑)、お祖父ちゃんて凄い!!と言う感動の褒め言葉を頂戴してしまったのです。

 この「肥後守」が昨日の新聞記事で取り上げられました。

 孫と一緒に新聞記事を読みながら、彼は今夏の出来事を思い出したようですが、小生は遠い日々となってしまった「少年の日」を思い出してしまいました。このナイフは多目的使用が可能な「万能」なものでしたので「少年たちの宝物」的存在でもありました。殺傷するような野暮な使用方法等眼中にはありませんでした。社会で事件が起きるたびに制約や禁止の風潮が今でも続いているのが残念です。

 危険だから?怪我をするから?と想定内での大人たちの着想で、子供たちから本当の危険との勝負が取り上げられる時代が続いています。そんな孫たちの将来が心配になっている、『昔の少年』のボヤキでした。 

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自己紹介

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1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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