~現役時代を振り返りつつ・・~
暦が新しくなる。
こんなフレーズがありますよね。これって、「お正月から」という基点を是認しての表現?つまりカレンダーの始発点は、やはり正月・元旦(1月1日)なんでしょうね。大学を卒業してそのまま教員人生が社会生活の基盤になった小生は、「お正月」は4月1日だったような気が、今も失せません。若い教員時代は、新学期(4月)の暦の始まりは「新しい生徒との出会い」にその基点がありました。学級を丸ごと持ち上がった経験が2回ありましたが、それでも年度始めの学級開きの時間には『新鮮さ』は意識したものでした。
職業上必携する「教務手帳」なる代物は、書き始まりは「4月の行事」と「年間授業計画」でしたので、この業界では4月がカレンダーの始発点であったことは否定できません。我が国における行政は、『年度』が4月になっています。9月や2月に始まる学校文化が世界に沢山存在することや、2月に「お正月」を祝う国もあるのですから始発点には文化の差異が生じるのでしょうね。
退職して「年度」生活から遠ざかってみると、やはり始発点は「1月」のように感じるのです。家に貼ったり掛けたりするカレンダーも師走のうちに手に入れた時点ではカバーや表紙が付いています。それを取り去ると1月からのページになります。そして12月で全部が消えてしまいます。その繰り返しをしながら生活していると「お正月」の意識が高まるような気になっています。
正当性を論じているのではありません。
基盤となる生活からそれぞれののリズムが創りだされるということを考えを述べているだけです。皆さんのカレンダーの始発点意識はどうなっているのでしょうか?今日は今年最後の『鍼診療日』です。2011年(平成23年)は、3月の大震災に引き寄せられるかのように4月に、震災地に近い土地に転居しました。小生の人生史上、極めて大きな変動が起きたカレンダーとなりました。昨年まで毎週の定期便で通院した鍼診療所へも後半で月に2回ほど通えるようなカレンダーとなりました。壁に掛かっているカレンダーには9月からその予定も書きこまれています。新しいカレンダーは未だ壁には掛けていません。今日は来年の診療予約も確認して帰宅します。
そろそろ、新しい始発点であるカレンダーに、色々な予定を書き込みたいと考えています。皆さんのカレンダーに記録する始発の出来事は何でしょうか?
歩禅とは、『安岡正篤 人生を拓く』(神渡良平 著 講談社+α新書)で拾った言霊です。千葉県で早朝ウォーキングを長年実践しておられる方の言葉として紹介されていました。沈思黙考の「坐禅」に呼応するものだそうです。ふと読み留まったのは我が愚脳にも大きな電撃が走ったからなのです。歩きながら自然界に身を委ね、自然界に畏敬の念を抱き、そして自然界に語りかけることのできる自分を見いだすこと。これを「歩禅」と利己的に理解しました。坐禅が苦手な私には「静かに座して己と語る」ことに替わるべく言葉として受容できる気になったのです。だから私には単なる言葉としてではなく、『言霊』(ことだま)となったのです。 平成16(2004)年10月20日 還暦に記す ~以降「散歩日記」を歩禅記として継続発信中~
自己紹介
- 角田明
- 1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。
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