
10月号の発行で一時休止するという情報が編集部から届いたのが7月だったろうか。
我とわが耳を疑ってしまった。まさに「青天の霹靂」の思いに漬かった。本誌との出会いは今から遡ること20年以上も前になる。学校教育現場では知る由もなかったハイレベル(=無学無教養の教員だった小生下の勝手な思い込み)な月刊誌であった。営業の方が市教委のデスクに宣伝に来られて手にしたことが、目から鱗の状態と化し気が付けば「初恋の相手」と意識するほどまでになってしまった(笑)。
愛読者がいつの間にか執筆者に変容するのだから人生はわからない。
2年間のロングランで連載原稿の執筆経験もさせていただいた。全校版?と人は言うが、根拠はこの月刊誌にあると言っても過言ではない。講演依頼が内容を指定されたのも演題が執筆原稿のタイトルとそっくりそのままだったことが何よりの証明である。
写真は義理で掲載したものではない。そんな性分でもない。9月号の本誌に掲載されている、敬愛する曽野綾子氏の連載記事の1ページである。学校教育関係者への警鐘が鳴り響く玉稿でもある。遠い昔に現場を退いている小生には物申す資格も肩書も無いが、彼女の「反面教師論」には全く同感である。記事を通して意を伝え、後輩諸兄に一読いただきたいと願うばかりである。
16年間も続いている小生が主宰する 教育実践『響の会』の夏季特別セミナーには本誌の執筆者の諸先輩にもご登壇願ったこともある。今となれば至福の思い出として振り返り、それだけでも胸が熱くなる。校長の初任者として勤務した年(平成8年・夏)に『響の会』(創設当時から名称は変更している)を立ち上げることができた。当時の同志(神奈川県茅ケ崎市教委時代の同僚)たちの強いバックアップに深く感謝する思いである。
歴史は流れる(歳月が流れるから歴史となるのか?)。
小生には愛読月刊誌が本誌の他に数種類存在する。他は「教育関係専門誌」ではない。小生が愛読した教育関係の雑誌はこの1冊だけであった。他誌が低級であるとは全く思っていない。愛読の理由などないが、20年以上も読み続けたことが確固たる証拠であろうか。
最後に、何と小生はこの休刊する最終号に「執筆者」としてご指名の栄誉を承ったのである。執筆者冥利に尽きる、という興奮状態で執筆してしまった(笑)。故に最悪のでき具合ではないだろうか。手にする機会がありましたらご一読をいただいて感想等をお寄せいただければ嬉しい。
神妙な思いになってしまい、今朝の秋風が冷たく感じるのも加齢の為せる悪戯なのだろうか。
0 件のコメント:
コメントを投稿