2012/02/09

心の中に仕舞い込んでいた『感謝状』

~「生きる灯」に点火して頂いた恩人~
 2月7日にそれを渡すべき日がついにやって来た。
 このご夫妻と出会ったのが1963年5月。大学生として住みついた神奈川県高座郡寒川町で、酪農経営一家との出会いから親交は始まる。ご一家の中学1年生の長男が通う私塾での出会いに端を発した。小生の大学生アルバイト先での出会いである。以来、「この日」まで50年間弱の長期にわたって深い親交を戴いた。「この日」で終わった訳ではないが、心情的には「終止符を打たれた」のと同様になる。
 ご主人は1994年に既に他界されている。その奥様が去る2月1日に逝去なさった。訃報を受け取った瞬間、翌日(2月2日)から県外に出講する予定であったので葬送の儀式に対応できないとの不安が過った。次の瞬間、通夜と告別式の日程を知らされて不思議な心境になった。メモ書きを見詰める妻が、「嘘みたいですね」と呟いた。書き止めながらわが耳を疑った。小生が広島市に出講している間、遺体はご自宅に戻ってご親族とのお別れを惜しみながら待機する行程になっていたのである。斎場等の関係からであろうが、「天国でご主人が操作でもなさっている」かのような日程としての告知であった。妻の呟きは待機日程が、小生が広島から帰着するのを待っていただいているような状況下になっていることを驚いたからである。
 ご一家との50年間の思い出は語りつくせない。3人のお子さんに加えて「長男が出来た!」と歓迎されて以来、「妹と弟二人」の兄としてこの一家で「家族同様」の待遇を受けて大学生活を過ごすことが出来た。近所の方々には「家族以上だよ」と言われるほどに可愛がっていただいた。「お父さん・お母さん」との呼名も染み付いてしまうほどの至福の時間を過ごすことが出来た。
 九州での小生の結婚式にもご出席いただいた。小生夫婦に子どもが出来ると「お祖父ちゃん・お祖母ちゃん」と呼名も変化した。3人の我が子達を「本当の孫」と同様に可愛がっていただいた。我が子たちは成長して事情がわかるまでは「ホンモノの祖父母」と思い込んでいたほどであった。笑顔で語れる経緯がその事実を物語る。長女の結婚式には奥様がまだお元気だったのでご列席いただいた。
 そして、ついに「この日」がやって来た。
妻と二人で冬の豪雨の中を茅ヶ崎に里帰りである。冷たい雨中でも、告別式に参列できる満足感で心はポカポカであった。式場の遺影に向かうと恥ずかしながら自然に涙が頬を伝ってしまった。妻に差し出されたハンカチで涙を拭きながら、心の中に温存していた「感謝状」を開いた。
「お母さん、本当にありがとう。お母さん夫婦にお会いできた私は幸せ者でした。先に逝かれたお父さんと再会されたらこの感謝状を渡してください」と告げた。妻も泣いていた。自らの初めてのお産の立ち合いをしていただいた感謝の気持ちを遺影に向かって述べていたのだろう。お産の手伝いに上京する予定の九州の実母が到着するのが間に合わなかった。ご主人が産気づいた妻を産院に運んでいただいた。そして奥様はそのまま早朝から産院に詰めていただいたのである。当日は、小生は新採用教員としての辞令交付式であったために休暇は取れなかったのだ。走馬灯にはその他にも「感謝すべき実例」には枚挙にいとまがない程沢山のシーンが巡っている。感謝状は束にして書いても用紙が足りない。
 葬送の全ての日程を終えて湘南電車に飛び乗った瞬間からまた二人の涙が止まらない。会話も途切れがちであったが、「この日」に立ち会えた満足感が小生夫婦の涙を乾かしてくれた。
 19歳の小生に、「生きる力」の灯を点火して頂いたご夫妻が天国に召され終えた「この日」のことを肝に銘じた。この日のことは生涯忘れることはあるまい。そして、教わった「恩返しは不要。恩送りに精を出しなさい」の言葉を改めて思い出している新しい朝である。

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自己紹介

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1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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