2012/02/20

『共育する』意識の深まり

~帰路の車中で「意識の再生」~
 初対面者への講義は疲れる。
 しかし、この歳になっても「初」体験の緊張感が何とも言えない、と感動するわが身が愛おしくもなる(笑)。初めての出会いには「何かと会える」と思うと前夜からの興奮も、まんざら捨てた物でもない。しかも、今回は開講直前に震度4の「振るえ」に襲われたのが確かな前兆であった。小生は自らの講座を待っている時間であり不安と期待が交錯する時間でもあった。
会場である茨城県立青少年会館には他種の「会合」が開かれていたらしく、その関係者が「久しぶりの強震」と口々に言葉を発しながらロビーに集まって来る。外様の小生は騒然とするロビーの光景に馴染んでいく不思議さを覚えながら数分後の開講を待った。
 会場に入ると、20数名の受講生の顔と直面した。
 この緊張感が何とも言えない。初発の「ことば」の重さを痛感する瞬間でもある。いつもの非常識(=他人は評価する)な導入で聴講者と向き合った。初めて会うのに自己紹介もしない。名前も告げずに講義を始める講師は、やっぱ、異常者(?)として映っただろうな。この非常識な言動こそが「教育界」でご法度とされる振る舞いであることは当人が十分承知してのことであるから始末悪い。
 内心の片隅では、「いや、そんなことは無い」と反目もしている。小生が考えるに、ご法度とは他者に「受け入れられない」状態を言うのではないだろうか?そうだとすれば、学校教育における「子どもたち」は、紋切り型の決まり文句は決して期待などしていない、と言う現状を軽視していることにならないだろうか。だからと言って、型破りの独りよがりな言動だけを期待しているのではない。つまり、教育界に従事しようとする人材には、細心且つ最大の心遣いが必要だと言える訳である。
 90分の「持ち時間ぴったり」に講義は終了して帰路に着いた。
 水戸駅までの路線バスに同乗する受講生と隣座して談笑できたのも幸運だった。中学校での臨時勤務者だという自己紹介に耳を傾けながら、ここにも「出会い」があったと嬉しくなった。野球部の顧問として活躍中との内容に「妙縁」を感じながら10数分間だけの水戸駅までお付き合いも初対面者同士の醍醐味だった。
 帰路の常磐線に乗って留守宅にメールを発信した。
 返信の速さに驚いて目に入ったのが下記のメールだった。妻からの返信ではなかった。読みながら、『この歳』になっても嬉しさは変わらないことを感じた。『共生する』というきれいな表現を敬遠する気持ちには変わりはない。そこには、常磐線車中の「思考回路」の師匠が、本日の受講生から届いた「携帯メール」という現代利器の飛び道具になったのであった。
 やる気を抱いたのは送信者だけではない。受信者も元気を貰った。
つまり、『共に生きる』術を貰い合ったという証ではないか。講師の小生は教員を退職して8年間も経た老輩である。受講者はこれから教育界で「働く」次世代の若者である。異世代の人間同士が90分間の共有時間でお互いに触発されたのではないだろうか。と、すれば『共育』そのものではないか。
 常磐線の車窓にきらきら輝く霞ヶ浦の湖面が眩しい。夕日に真っ赤に染まった空の色とのコントラストに酔ったのも、共育する意識を深くすることが出来た「出会い」に遭遇した幸せを感じつつ充実感で車中を過ごして降車駅で電車から離れた。直後、受講生からの二度目のメールが着信した。当ブログ登載の諾否を伺った小生のメールへの返事であった。快諾を得たので以下に登載。
 すっかり暗くなった夜道に冷たい夜風が全身に吹き付けるが寒さも感じないままに無事に帰宅である。

1202191737受信
今回、茨城県の「一般教養講座」でお世話になりました、〇〇〇〇と申します。本日はご指導頂きありがとうございました。早速、池上さんの文章を読ませて頂きました。この文章は教師と生徒の関係も同様だと思いました。生徒が理解できないことを生徒のせいにしてしまうのは簡単です。ただ、教えている自分自身に問題があると思うことで、謙虚な気持ちになり反省点が見つかると思います。私は現在、高校の講師をやらせてもらっていますが、実際の現場でも自分の至らなさや未熟さを実感します。それを自分自身のこととして受け止め、改善していくことが生徒のためになると改めて思いました。
また、角田先生がおっしゃっていた、「生徒のことをしっかり知った上での指導」は教員を目指す私にとって必要なことだと思いました。本日の気付きを明日からの学校現場で実践していきます。今後とも宜しくご指導の程、お願い致します。
注:①池上さんの文章=資料として準備・配布したジャーナリスト・池上彰氏の 「こどもニュース」の衝撃 という談話エッセイである。②受信番号の読み方:2012年02月19日17:37の受信の数字の羅列


 発信者の文中に表記されている「池上さんの文章」(当方が作成したオリジナル資料です)をご希望の方はメールでお申し付けください。添付ファイルにて送信します。

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自己紹介

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1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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