~広島からの先生方を歓迎して~
今回は、当方の最後の勤務校である茅ヶ崎市立緑が浜小学校への訪問を中継した関係から少々お節介な役回りを負うことになってしまった。更に、この小学校を母体にして分離独立・新設開校した茅ヶ崎市立汐見台小学校も同日に訪問できるようにご厚意をいただいた日程になっているのは先方のご配慮のようである。
両校とも校長さんたちを良く知っている関係者としては、今回はちょっと勝手も違う。数日前まで悩んだ。新進気鋭の校長先生の熱意と意欲を来客に自然に出せるための配慮のためである。両校長先生とも、10年以上ではあるが当時の(彼らの)上司として仕事に関係をした間柄である。
そんな老輩がしゃしゃり出ると?躊躇は続いたが現実面での展開を考えて解決した。当日の学校訪問は校長さん達に一任することにした。そして、前夜の歓迎の宴(笑)を担当する宴会部長に徹しようと考えた。
宴会部長なんて「やり慣れていない」業務なので、これまた難儀であった。
訪問者が宿泊されるホテルの最上階にあるレストランを予約しておいた。落ち着かない宴会部長は15分ばかり前に到着してしまった。落ち着かない!!仕方なく(笑)、生ビールを頼んで独りで呑む。こんな宴会部長っていたのだろうか?自問しながら開き直る。「心から歓迎しているんだから・・・」、と。新幹線で新横浜下車。横浜線で桜木町まで移動されたお客様は定刻に到着。
コース料理が運ばれるままにひたすら「食べて」時間が流れた。帰路の時刻も気になりだして(=約2時間半の電車)、バタバタと「中締め」の挨拶をして、勝手に宴会武将を無罪放免とした。レストランの職員にお願いして記念撮影(=写真)をして京浜東北線の車中の人となった。
帰宅して入浴を済ませたら「日付」が替わっていた。
無神経と言うか無頓着と言うのか、「宴会部長」には最も相応しくない人物との歓迎の宴を満足していただいた自信は全くゼロ!今日の学校訪問で充実した研修を行っていただくことを期待して大役から降りた。慣れないことをやると翌朝まで疲れるモノです!!(爆笑)
歩禅とは、『安岡正篤 人生を拓く』(神渡良平 著 講談社+α新書)で拾った言霊です。千葉県で早朝ウォーキングを長年実践しておられる方の言葉として紹介されていました。沈思黙考の「坐禅」に呼応するものだそうです。ふと読み留まったのは我が愚脳にも大きな電撃が走ったからなのです。歩きながら自然界に身を委ね、自然界に畏敬の念を抱き、そして自然界に語りかけることのできる自分を見いだすこと。これを「歩禅」と利己的に理解しました。坐禅が苦手な私には「静かに座して己と語る」ことに替わるべく言葉として受容できる気になったのです。だから私には単なる言葉としてではなく、『言霊』(ことだま)となったのです。 平成16(2004)年10月20日 還暦に記す ~以降「散歩日記」を歩禅記として継続発信中~
自己紹介
- 角田明
- 1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。
0 件のコメント:
コメントを投稿