~目が覚めたら6時だった~
老脳に刺激があると睡魔のパワーも倍増するらしい?
通常の起床時刻から2時間も遅い目覚めだった。既に起床している老妻が枕もとを歩いた足音で目が覚めたようだ。「ごめんなさい」と謝る老妻に時刻を確認して飛び起きた。美酒の影響も多分にあったとは言え、刺激の重量が大きく影響していることは確かである。
早起き鳥の「遅く起きた朝」の一日の出足は最悪である。
通常は「自分だけの生業」は全て7時までには終了しているので、(夫婦共通の)公的業務も8時には完了する。8時からは全てフリーなのである。遅く起きた朝は前日の妻や同居人たちからの依頼事項も、このように遅く起きた朝は、ほぼ午前中をその時間に費やす「不始末」となってしまう。
午後からは、孫たちの「お祖母ちゃんの書道教室」が予定されていたらしい。その前に老妻は済ませておきたいことがあったのだ。遅起きした請負人にはどっと皺寄せが押し寄せてしまう。正に「そんな日」になってしまった。夕食の準備をする時間も無く老妻は小学生2人の孫に書道を伝授していた。ほぼ完成した作品を手にして母屋に戻って行く孫たちを見送りながらお祖父ちゃんの反省は「遅寝遅起き」の罪業に尽きることとなってしまった。老夫妻だけの夕食で談笑しながら妻は言った。慌ただしかった午後の日程消化ぶりに「こんな状態だったですね、私たちの子育ての頃も・・・」と。成長して40歳前後の3人の子ども達の顔を思い出しながら苦笑の味付けで夕食を終えた。
歩禅とは、『安岡正篤 人生を拓く』(神渡良平 著 講談社+α新書)で拾った言霊です。千葉県で早朝ウォーキングを長年実践しておられる方の言葉として紹介されていました。沈思黙考の「坐禅」に呼応するものだそうです。ふと読み留まったのは我が愚脳にも大きな電撃が走ったからなのです。歩きながら自然界に身を委ね、自然界に畏敬の念を抱き、そして自然界に語りかけることのできる自分を見いだすこと。これを「歩禅」と利己的に理解しました。坐禅が苦手な私には「静かに座して己と語る」ことに替わるべく言葉として受容できる気になったのです。だから私には単なる言葉としてではなく、『言霊』(ことだま)となったのです。 平成16(2004)年10月20日 還暦に記す ~以降「散歩日記」を歩禅記として継続発信中~
自己紹介
- 角田明
- 1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。
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