2013/01/12

『歩禅』の記(9)

 ~「弛み」は必要・善?~

 転居してこの4月で丸2年になる。

 同居を希望した長男夫婦は、4年生になる長男(孫)が学童保育(=放課後の時間を帰宅せずに面倒を看てもらえる場所)の支援を得ることがきない、という理由だった。つまり、下校しても自宅が留守状態になることへの不安からであった。十分承知をして転居の準備(=増築・「離れ」の完成)を経て、転居の予定時期に3・11東日本大震災に見舞われてしまった。約ひと月遅れの4月15日に転居した。終日何回となく襲う余震にも「孫の下校・帰宅」を待っている祖父ちゃん祖母ちゃんにとっては「へっちゃらに思う」ほどの任務への意識が強かった。無事な帰宅に安堵して過ごす毎日にはピンと張りつめた緊張感もあり充足感に満ちた日々だった。

 火曜日と金曜日は、学校から直接・塾に移動して、母親が勤務帰りにお迎えに行って一緒に帰って来る日程である。我々(爺婆)にとっては「休養日」である。隔週の火曜日は東京都町田市(公共交通機関:片道2時間半)まで『鍼診療日』として設定している。一方、金曜日は特別な日程は組んでいない。全くの自由日である。

 老夫婦は前日から「明日は筑波山神社に初詣に行く」と意気込んでいた。歩禅のコースを筑波山にセットしていた。いつも通り4時には起床してそれぞれの雑用を熟して5時半には朝食も済ませた。小学生2人の登校を見送って、下の孫が母親の出勤車で保育園に出掛ける姿を見送れば「朝のボランティア」(笑)は完了する。

 初詣の準備をするはずの老妻の様子が変である。

 体温計を取り出して検温している光景に違和感を持ちながら直訴を待つ。8度2分あると訴える。直ぐに横にならせて取り敢えず今日の予定を中止する結論を伝える。老妻も楽しみにしていたことは事実である。正月明けの学校開業から元気に登校する孫たち。おやつ作りも軌道に乗って帰宅を待つ。順風満帆の1週間だった。

 暮れに風邪をこじらせて数日間、欠席した孫が新学期を快調にスタートしたことでホッとしたのだろうか。老妻が「気が弛んでしまって・・・」と恐縮した弁を述べる。急きょ変更して「独り歩禅」にして、正午過ぎに家を出て歩いた。

 頑張るのも良いが、たまには「緩み・弛み」も必要だ。これは老妻への苦言である。老夫には、全くその心配は無用である!手抜きの天才であるからだ(笑)。しかし、そんな思いは自らにも言い聞かせてのことでもある。

来週の今日(19日)から、自らも新年最初の業務が始まる。そして、月末からはとんでもないスケジュールが待ち受けている。体調管理が必要な高齢者だ!!(笑)

 自意識を高め、自らを戒めるためにスケジュールを反芻しながら独り歩禅を満喫した。北関東の「冷たい風」にも老体も馴れて来たようで嬉しい。引き締めたり緩めたりしながら、長男夫婦の期待に応えるべく健康管理に配意をしよう。   【50分6500歩】

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自己紹介

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1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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