~日本列島を襲う「心の病」~
日本人魂。
それを語るほどの人生を過ごしてはいない。しかし、「ボロは着てても心は錦・・・」と歌詞にもあるように、少々の貧しさや苦しさは跳ね返しながら鼻歌でも歌う民族。それが我が敬愛する先祖。苦労しながらも自らを鼓舞して逞しく生き抜いて来た日本人が、どうして?やっぱり気になる。この新聞記事は「公立校教員」に限定されたデータである。しかし、傾向は「どこを・誰を対象にして調査しても」同じになるような気がしてならない。
モグラたたき。
そんなゲームがある。出てきた対象物を叩いて引っ込めさせる。次から次へと対象物が現れるとそれだけに焦点化して対処する。これはゲームなので長い時間を楽しむのには格好のモノであるが、これに準じて世相を考えると「モグラたたきゲーム」式で対応していたら、問題点の解決策になるどころか続発する問題への対応には際限もなく、力が尽きてしまうだろう。専門家は「対症療法」と言う。対症療法では根絶は不可能だと考える。
この調査結果で「職責が重くなることに加え、体力の低下から自信をなくす例が多かった」という文科省のコメントが世相を反映しているのは頷ける。一方では、既に十数年前から、「小中学生の体力増強」に力を入れる国家体制としての対応が始まっていることには拍手を送りたい。現在の教員の体力増強に力点を設ければモグラたたきである。50代以上のデータが高いと言うので気になる。50歳と限定して歴史を遡る。1960年・昭和35年誕生である。その4年後に東京オリンピックという「経済大国への足がかり」になる日本の経済大転換期が待っているではないか。労働者は、働けば働くほど給料が増えた高度成長社会である。その流れの中で成長してきた世代である。全国に団地が建ち、親たちは「一戸建ての住宅」でわが子と暮らしたいために、わが子を「鍵っ子」にして朝から晩まで働いた時代ではないか。成長時期の背景を追究してみるとゾッとすることが多い。
決して50代・後輩諸兄の親世代をを責めている訳ではない。
どんな人にも育ちには「時代背景」が付いて回ると言うことを述べたいだけである。この新聞記事が「生後50年経てばこうなる」というデータであるとするならば考えたいモノである。「国家50年の計」でも良いではないか。今年生まれた赤ん坊が50年後に「こんな生き方が出来るように」と、企画立案して一刻も早く取り組まなければ時間が経てば経つほど国民の育成が後手に回る、と言うことになる。経済成長だけでは「人は育たない」。経済成長より「人間としての心の豊かさ」を追究するような発想の転換を急ぎたい。金や物が無くても人は何とか育つ。終戦直後の貧乏時代を過ごしても育った子ども(小生)がここにいる(笑)。
この種のデータの公開に感謝しつつも、「やっぱり、気になる!」のは、小生だけではないだろう。
歩禅とは、『安岡正篤 人生を拓く』(神渡良平 著 講談社+α新書)で拾った言霊です。千葉県で早朝ウォーキングを長年実践しておられる方の言葉として紹介されていました。沈思黙考の「坐禅」に呼応するものだそうです。ふと読み留まったのは我が愚脳にも大きな電撃が走ったからなのです。歩きながら自然界に身を委ね、自然界に畏敬の念を抱き、そして自然界に語りかけることのできる自分を見いだすこと。これを「歩禅」と利己的に理解しました。坐禅が苦手な私には「静かに座して己と語る」ことに替わるべく言葉として受容できる気になったのです。だから私には単なる言葉としてではなく、『言霊』(ことだま)となったのです。 平成16(2004)年10月20日 還暦に記す ~以降「散歩日記」を歩禅記として継続発信中~
自己紹介
- 角田明
- 1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。
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