2012/04/03

『爺・稼業』には体力が不可欠

~外孫(千葉)の誘導を依頼されて~
 前日(4月1日)は、土浦(茨城県)から東京駅を経由してナゴヤドームまでの旅程は日帰りの強硬だった爺さんに、婆さんが「千葉の孫が春休みに遊びに来たいそうですよ」と囁く。孫は可愛いモノとは通念ではあるのか、例外なく千葉までの移動を拒むことが無い爺さん。その爺さんの起床時刻が7時過ぎ。「えっ、そんな遅い時間に?」と訝しがられるほどの遅い目覚めであった。それだけ爺さんは心身ともに疲れていたという証。なのに、連続の強行日程が襲ってきた。
 遅く起きた朝は、爺婆揃い踏み(笑)の6時半からのラジオ体操を回避。そんな朝でも孫たちの母親(=爺婆の長女)からの要請があれば「動きたくなる」意識が凄い!!(笑)常識なのか非常識なのか?苦笑しつつも結論は出ず!!
 辿り着いた長女宅から孫を連れて最寄りのJR駅を出る。2回乗り換えの行程である。順調に進んでいた旅程が、最終乗換駅に到着するとホームは人で一杯。「人身事故のために、ただ今全線止まっています」の構内アナウンスを確認した時は夕暮れの6時過ぎだった。夜の帳が降り始め、風も冷たくなってしまっていた。回復の見通しも無いままにホームで待つ身になってしまっていた(泣)。
 遅れて到着した電車を2度乗り換えて、何とか帰着。
 孫たちは正月に会ってからの久しぶりの再会となり、双方が興奮状態。それでも慣れない電車の旅に、事故延着もあり疲れたのか布団に入ると忽ちの熟睡。寝顔を見詰める余裕も無く爺・婆もいつの間にか眠ってしまったようだ。
 寝相の悪い孫息子の足で起こされて起床である。「孫って可愛いけど疲れるね」と、爺婆が目線で苦笑する幸せな朝である。そして実感する。爺婆稼業には体力は不可欠である、と(笑)。

 ※小生のHP管理人さんより一報:5月20日でホームページのアドレスが変更になるそうです。詳しい事情は知らせられても当方にはわかりません。ホームページにも予告が入っています。

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自己紹介

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1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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