~懐古と回顧~
「回顧する」心は成長過程にあり、「懐古する」心は充実期にある。
偏屈な哲学ですなぁ~。懐かしく少年の日々を思い出す老輩となった小生には成長の兆候などは無い。しかし、失敗で悲哀にくれたシーンを回顧して次のステージでの自らを鼓舞していた現役時代には成長の伸び代が存在していた。懐かしく思い出すのは「是非善悪」の様々な色合いがほぼ一色に変色して全てを容認できるようになる時期である。やっぱり偉そうですなぁ。
成長過程にある「教え子」からのメールをご紹介して、同時に本人の今後の伸び代に期待したい。(原文のまま。冒頭の『根知和』とは「こんちわ」と読みます。中学校野球部で部訓としてしようした合言葉です。)
2012-04-03-22:40受信
角田先生;
根知和。
早速の葉書での写真送付、ありがとうございました。本日、拝受致しました。連絡が遅くなり、申し訳ございません。
先日はお疲れ様でした。同席させて頂き、とても懐かしく感じました。31年前、いつも先生の隣に居た時のことを、僕も”走馬灯”の中で「中学生」に戻っていました。マサ自身、復活の手応えを感じていつつも、不安を抱えてのマウンドであったと思います。カズをはじめ、仲間の皆も理解し、祈っていたに違いありません。 結果、勝利投手にはなれませんでしたが、皆が一様に「勇気・元気をもらった」と健闘を讃えておりました。思えば”縁”というのは本当に不思議ですね。我らが歩んできた46年間の内、共に過ごしたのは「たったの3年間」です。しかしながら今振り返っても「されど3年間」です。年数では一緒にいた3年間よりも遥かに多くの年数を様々な人々と出会い過ごしてきたにも関わらず、皆の心の中心には、いつも中学時代の仲間がいます。40代も半ばを過ぎ、各々が組織の中心となっている今、色々な葛藤と闘い、苦悩を感じている様です。しかし再会する時には皆がいつも一緒にいた”あの時”と同じ感覚で語り合い、”故郷”で”充電”している様に思います。
僕の勝手な解釈かも知れませんが、その根幹にあるのは、やはり中学時代に学んだ”相手を思いやる心”ではないでしょうか。1年半振りの登板で当人以上に周囲が騒いでいる中、好投し後輩に後を託したものの、失点してしまった後輩に対しての”労り”のコメントを報道で聞いても、彼自身の本心からの発言であることがよく分かります。また突然の身内の不幸に同行が適わなくなった人、自身の都合がつかなかったら単身で大阪へ赴任している仲間を誘うべく提案してくれたりと、いつもは口の悪い仲間達ですが、本音では皆が仲間に対し、常に”思いやり”ある付き合いをしています。
僕自身、中学時代に途中で投げ出すことなく、最後まで在部出来たのも、角田先生のお陰であることは基より、仲間の”思いやり”に何度救われたか分かりません。市内3連覇を達成し、全校朝礼での表彰で選手でない僕に優勝杯を持たしてくれたこと、公立高校の受験であるにも関わらず、僕の第一志望校の合格発表に職員室の廊下で周囲を憚ることなく喜んで下さった先生、その直後グラウンドに下りた時の野球部全員から頂いた拍手等、鮮明に覚えています。
たまたま同じ時代に同じ学校となった”縁”での出会いがもたらしてくれた沢山の財産を、それぞれの立場で後輩達に伝えていく事が、角田先生や仲間達への感謝の証だと思っています。
『信じる者は救われる』を実体験した者として『信じられる』人間となれる様、今後も精進して参ります。
文才なく乱文となり恐縮ですが、略儀ながら御礼とさせて頂きます。再会出来る日を楽しみにしております。お身体、ご自愛下さい。
歩禅とは、『安岡正篤 人生を拓く』(神渡良平 著 講談社+α新書)で拾った言霊です。千葉県で早朝ウォーキングを長年実践しておられる方の言葉として紹介されていました。沈思黙考の「坐禅」に呼応するものだそうです。ふと読み留まったのは我が愚脳にも大きな電撃が走ったからなのです。歩きながら自然界に身を委ね、自然界に畏敬の念を抱き、そして自然界に語りかけることのできる自分を見いだすこと。これを「歩禅」と利己的に理解しました。坐禅が苦手な私には「静かに座して己と語る」ことに替わるべく言葉として受容できる気になったのです。だから私には単なる言葉としてではなく、『言霊』(ことだま)となったのです。 平成16(2004)年10月20日 還暦に記す ~以降「散歩日記」を歩禅記として継続発信中~
自己紹介
- 角田明
- 1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。
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