
ずっと昔(30年位かな?)、通いつけていた整形外科医から「座骨神経痛」という診断を貰った。臀部から脚に向かって、何とも言えない全体的な痺れには(当時は若かったので)イライラしたものだった。部活動のやり過ぎ?と管理職からも手厳しい言葉も頂戴した。それでも薬と注射で放課後の青春?を謳歌したモノだった(選手にとっては「時には休め!」の叫びがあったらしい)。
最近、その頃の痛みに似た痺れ感があるので歩禅も一気の10000歩の挑戦は敢えて避けている。今日は午前(4500)、午後(6000)と分割して歩いたら苦痛との闘いは感じなかった。歩禅そのものは快適ではあったが、写真版の記事をふっと思い出すような「子どもの動き」と出会ってしまった。
「あらMちゃん、お帰りなさい」と、同伴した妻がランドセルを背負って学校から帰って来た1年生の女児に声を掛けた。その女児は確かに妻の顔は見た。それは夫にもわかった。「知り合いのお子さんなのかな?」と感じたほどであった。通りすがりの瞬間の「地域との交流」の時間である。ところが、振り向くどころか「そっぽを向いて」過ぎ去って行ってしまった。
「今の女の子、どこの子どもさん?」と夫が問う。妻は「**さんのRちゃんの娘さんよ」と答えた。**さん家のRちゃん、ってあの娘さんか!と我が子と同世代のお嬢さんの顔が浮かんできた。そう言えば顔が似ていたなぁ、と後の言葉を繋いだ。「知らないんじゃないの?あなたのことは」と言いかけると言葉は遮られてしまった。「毎日会っているわよ」と語調が強くなった。そして妻が付け足した。「恥ずかしいんだろうけどご挨拶だけは出来る子どもであって欲しいわね」と。話題の女児の「お祖父ちゃん・お祖母ちゃん」とは我々の世代で大変親しい地域人仲間である。立ち話も夫婦同志ででも出来る関係である。Rちゃんのお兄ちゃんは我が家の次女と同級生。つまり女児の伯父に当たる。礼儀正しくて感じの良い少年だった。Rちゃんは・・・・・。暫くの間の夫婦の沈黙には、「あの頃の」子どもの言動が走馬燈に浮かんでは消えていたのである。
時代は確かに変わった。記事のように「助け合う」必要性も無いほど平和な生活が続いている。関係を持ちたがらない日本人が大量生産されている。「挨拶はどうして必要なの?」と問われたら、現代の父母達はきちんと答えられるのだろうか?
「お帰りなさい」と声を掛けられたら、「ただ今!」と子どもらしく答えることは学校で教える内容ではない。学校ばかりが強調すると「先生にはご挨拶できても地域の方には(関係ないから)挨拶を避ける」子どもの数を増幅させてしまうのである。家庭教育の範疇である!!
歩禅で全身が心地よくなったこととは、別の世界(老脳)では我が子育てへの反省をしている。孫達が地域の方々に可愛がっていただけるように育って欲しいと願うばかりの「爺」である。
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