2012/01/07

一枚の名刺

~プロの醍醐味~
 パソコンがトラぶった。
 当然ながらどうにもこうにもならない。二進も三進(=にっちもさっち)もいかない、と昔の人は表現したのだろうか。無職の小生には、「社会との接点」はこのパソコンが主幹的な存在である。購入したパソコンショップに持ち込もうか?そうすると組織の処理になるので「一時預かり」となってしまうだろう。明日から連休になってしまうことも脳裏をよぎる。
 このブログも、読者の皆さんにとっては「おつきあい」心でお読み戴くのであろうが、「発信しない限り」その時間もお約束できない。インターネットという機能はもはや、こんな老脳にも「竹馬の友」である。トラブルと厄介な器物であるが、利用価値や存在感は堪らない。喧嘩をしたり仲良くなったり、とまさに幼友達と相似である。
 思い悩んでいる段階で、ふと一枚の名刺が目に入った。
 肩書は「事務局・お客様サービス担当」となっている。しかも、携帯電話番号が付されている。電話をしてみると、「30分後にはお宅に参ります」との明るい返事が戻って来た。いつも元気な長男・孫が、こんな日に限って(笑)発熱で離れの我が家で寝込んでいる。老妻は、そんな状況下でも来客を請う夫を訝しがる。寝床を横に見てサービス担当者に小生のミニ・書斎に侵入してもらう。事情を話すと、本部と連絡を取りながら専用の機器で2~3の専門機関と連絡を取り合ってもらっているようだったが、「わかりました。やってみます」との言葉を最後に、椅子に座り直した。差その後は一言も発することなくマウスとキーボードを自在に操る度に画面がその都度、見たことも無い画像を呼び出し、指示に応えながら約30分間沈黙の中の作業の結果、見事に解決した。
 「これで大丈夫だと思いますが、同じ症状になったら・・・」と更に専門家へのアプローチとして電話を掛けてくれる。そして先方と打ち合わせを済ませて依頼してサービス業務作業は完了した。1時間余りで「何もなかったかのように」去って行った。老妻がお茶を出すタイミングも失したほどだった。
 一人になって改めてパソコンに向かう。
 止まっていた作業をパソコンで再開させながら、『プロって??』と、しみじみ考え込んでしまった。それは自戒をも含めてであった。教育関係者ほどプロの「お客様・サービス担当者」ではないだろうか、と自問した。暫くは自省のための老脳への刺激の時間となった。偉そうに後輩諸兄にモノを言う小生の性分には堪える時間となった。しかしながら、「プロの醍醐味」を思い知らされた小寒の夕暮れであったことは事実である。
 孫も医者と言うプロに掛かって来たので大丈夫だろうな、と呟く小生。パソコントラブルでパニックになっていたはずのこの老人は、正真正銘の愚直なお祖父ちゃんに戻っておりました(笑)。

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自己紹介

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1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

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