「先生、頑張ってぇ~!!」のエールが3階の校舎から幾つも聞こえました。我が子の家庭訪問のために、昼食を済ませて帰って行く小生に声が飛んできました。
担任教諭の小生が、「父親として」子どもの家庭訪問を受ける日であることを中学生は知っているのです。家庭訪問が近づいてくると英語の授業の中でも自らの苦しい(笑)立場の心情を吐露しました。真剣に聴き入る中学生が愛おしくも思えた光景です。我が子の「家庭訪問」の日は、午後は有給をとりました。
「えっ、角田先生でも緊張するんですか?」「お父さんとしての角田先生を見てみたい!」「学校での角田先生とは違うんだろうなぁ~」。これらは授業中の反応の声でした。「先生」と「父親」の二役に興味が湧くのも思春期だったのでしょう。翌日の授業では、「どうだった?」の質問も受けました。英語の授業より盛り上がってしまいました(笑)。卒業生との集団での再会(クラス会や同窓会)の席上でも、「親」になった生徒からその当時の光景が述懐されることが多くあり赤面しました。
同業者(教員)の家庭訪問を受ける心境は穏やかではない(笑)。
小生は「禊」と心得て対応することを決心して、第一子が小学校に入学して第三子が中学校を卒業するまでの11年間は「父親」としての家庭訪問を全てに対応しました。第三子が中学3年生の担任は新採用2年目の教員でした。小生は市教委の指導主事を務めている立場でしたので、「担任いじめ」だと同僚や旧仲間たちから嘲笑も受けました。担任の先生方も尋常では無かったでしょうが許して戴きたい。
我が子の授業参観は当然ながら、入学式も卒業式も同業者なるがゆえに「我が子の成長」を直に見ることは不可能でした。小生の家庭訪問への対応は単なる「悪あがき」だったとしか言えませんが、「親」としての小さな選択だったと、迷惑も顧みず懐かしく思い出しています。
孫たちの小学校の先生方の家庭訪問もまだ続くようです。先生も子どもも親も三位一体で頑張って欲しいと願う「お祖父ちゃん」です。
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