2013/05/10

『モノとコト』と『カネ』の関連性、そのヒートアップに苦慮している


 
 

 もうすぐ「母の日」がやって来るらしい。

 この日だけ「母への感謝」を示せば義理が果たせる??そんな行為がいつの間にか慣例化して常識化してしまう勢いである。滅多に目を通さない新聞の折り込み広告の直訴状態に異常性を感じてしまう。

 全ての「●●の日」の起源にも興味は無い。

「母の日」なる特定の日を活用しているのは経済市場原理を有効活用すべき関係者(業者)だけであることを、もうそろそろ真剣に考えた方が良いのではないか。

 感謝の気持ちを「モノ」に託して伝える?愛情の表現を「コト(=旅行やイベント参加)」に託して意識させる?「子どもの日」に、何もしない親が愛情の無い親として子どもに評価されるとは哀し過ぎる世の中ではないか。

 母の日にはカーネーションが売れるそうだ。

 起源が常識となりカーネーションを添えないと感謝の気持ちが通じない関係にはホンモノの謝意など無いと判断しても差し支えない。モノにもカネが掛かり、コトを達成するにもカネが必要となる。厳しい社会で生きている親や大人は「虚礼廃止」という時代を生きて来ているのではないか。

 親子でモノ・コト・カネの柵に振り回されるのは止めたい。

 歩きながら老妻との対話が、「肩たたき券」を発行した娘たちの幼い頃の行為が話題になった。その子たちも親になった。我が子にカーネーションの花を要求しているのだろうか(笑)。

 こんな本が書棚にある。

著名な人たちだけに「母がいる」訳ではない。また、母親が立派だったから素晴らしい子供が生まれたわけでもなければ育ったわけでもない。しかし、「おかあさん、ありがとう」の謝意は男性には想像すらつかない『お産』と言う命がけの行為がわかる年齢になれば、親の事を思い出して語ることぐらいは出来るだろう。そんな日が、いつも「母の日」となるのだと念じたい。

0 件のコメント:

コメントを投稿

自己紹介

自分の写真
1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長着任。 2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市・浜松市・広島市・東京都立川市に開設。2006年9月より2011年8月まで、日本公文教育研究会子育て支援センター顧問として全国で指導助言に務める。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿や共同執筆書も多数あり。近刊は、2012年10月発行予定(『校長先生が困ったとき開く本』教育開発研究所)。

フォロワー