老妻が興奮状態で画面を見入っていた。
「また、始まったか」と呟きながらも、画面に映る山並みが妙に目に飛び込んでくる。主人公が視聴者から届いた手紙文を読み上げていた。「高田山(=こうだやま)」という行が耳に届いた時に、画面に映ったのが海抜500メートルばかりの丘が目に飛び込んできた。メジロを獲りに入り込んだ山腹の光景が50年以上も前のままで映し出されていて釘付けになってしまった。後に禁漁区となった思い出の山である。火野正平氏が読み上げる手紙文を聴きながら何故か目頭が熱くなってしまった。
テレビは嫌いじゃなかったんですか、角田さん?
小生を知る人ならこんな冷やかし文句が投げ掛けられそうだ。問答無用(笑)!僅か15分間の放映に、老妻の勧めも無く見入ってしまったのは、『生まれ故郷』への帰趨本能だったのかも知れない。視聴者の依頼に応えての「自転車の旅」だそうだ。上京のために飛び乗ったJR八代駅が画面に映り、そこから高田山への道のりを主人公の自転車が走って行くコースの軒先も道端の風景も(変わってはいても)、なぜか昔の儘に浮かんできた。
小高い丘(視聴者は『山』と言う)から移された八代海と遥か彼方に聳える雲仙岳(今は普賢岳)が、これも思い出と共に昔の儘の「光る海」として放映された。なんで涙が止まらない??ちょっと恥ずかしい思いだったが、老妻も同郷である事は時として理解されている。
故郷の山。故郷の海。
上京して50年が過ぎた今、僅か18年間しか住んでいなかった「故郷」の重さを痛感してしまった。故郷から逃げ去るようにして汽車に飛び乗った18歳の男児は涙一つこぼさなかった。見送りに来てくれた友人に笑顔で「さようなら!」を言って、一刻も早く都会に出たかったからである。そんな男児が50年間で高齢者になった。息子を見詰め続け、上京に反対した母もこの世から消えてしまった。走馬灯には、亡母と同じように18年間見詰め続けてくれた「ふるさとの山」も、なぜか主人公になっている。有難いモノである。画面に映し出された山に向かいて、やっぱり、ふるさとは遠きにありて思うもの、か、と涙ぐんでしまった!!
0 件のコメント:
コメントを投稿